第693話 狩野松栄
腹黒二人のトップ会談は会談場所の寺社を選んだり話を通したりで時間が掛かるそうなので、私の仕事はここまで。
というわけでまずは那古野城の障壁画を何とかしちゃいましょうか。たぶん次の尾張守護・斯波義銀は那古野城天守に住むのだろうし。
というわけで。さっそく狩野派の絵師・狩野松栄の元へと向かった私である。
狩野松栄。
かの有名な狩野永徳のお父さんだ。
ちょっと前に堺から連れてきて、那古野城の障壁画を描いてもらおうとしたのだけど、色々あって忘れてた――じゃなくて、長距離転移の疲れを癒やすためにゆっくりしてもらっていたのよね。
『わざわざ堺から連れてきたのに放置して、そのまま忘れていたと』
だから、忘れていたわけじゃございませんって。ちょっと記憶の片隅に入っていただけで。
『そういうところです』
こういうところらしい。
ゴホンと咳払いしてから松栄さんに向き直る。
「前にも説明しましたが、松栄さんには那古野城天守の障壁画を描いてもらいます」
「ははっ! 有難き幸せ!」
「じゃあさっそく那古野城に行きましょうか」
松栄さんを連れて、那古野城へと転移した私であった。
◇
「ほぉ、見事な腕前よのぉ」
サンプルとして見せた松栄さんの絵を三ちゃんも気に入ったらしいので、あとはお任せしちゃいましょうか。
正直言って、この時代の天守にどんな絵が描かれていたかは分からないというか、それ以前の問題として天守自体がなかった。なので絵柄はお寺の依頼で描かれたものとなる。
『ちなみに狩野松栄は大坂本願寺からの依頼も受けていたとされていますね』
お? じゃあ松栄さんの障壁画が灰燼に帰しちゃった可能性も? おのれ本願寺! 貴重な絵画を! 許さんぞ!
『ツッコミ待ちですか?』
分かっているなら確認しないでいただきたい。ほら! 気合い入れて突っ込んで!
『そういう態度だと突っ込む気がなくなると言いますか……』
ワガママなツッコミ・マエストロであった。
「ほぉ、これが絵柄の元となるのか」
「へい。我ら狩野派の宝で御座います」
私がプリちゃんとイチャイチャ(断言)している間、三ちゃんは松栄さんが持っていたメモ帳というかノートというか大福帳っぽいものを見せてもらっていた。中には様々な絵柄が描かれているので、あれが『画体』というものだろうか?
かつての絵師たちは中国絵画の名作をお手本とする『
しかし筆様には様々な種類があり、簡単に例を挙げるだけでも馬遠筆様や夏珪筆様、牧筆様、玉澗筆様などの筆様が用いられていた。
そんなバラバラだった筆様を、松栄さんの父・狩野元信は『真・行・草』の三つに分けたのだ。
書道の楷書、行書、草書に倣って名付けられたそれらの画体は、緻密な構図と描線による真体、真体を崩した描写である草体、それらの中間となる行体の三つからなる。
狩野派の絵師たちはこれらの画体を学ぶことにより、悪く言えばテンプレコピー・よくいえば統一された絵柄で絵画を描くことができるようになり、絵師集団による作品製作が可能となったのだ。具体的に言えば一人では描ききれないほど巨大かつ大量の障壁画とか。この集団作製こそが狩野派の発展を支えていくことになるのだ。
『はいはい』
狩野派オタの語りがたった四文字でぶった切られてしまった。解せぬ。
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