第656話 閑話 その頃の信長
――那古野城。
この城の主・織田三郎信長は狩りの装束を身に纏い、那古野城拡張工事の陣頭指揮を執っていた。
この時代にしては何とも上等で大きな紙に視線を落としながら信長は次々に指示を出す。
紙に描かれているのは帰蝶が設計した那古野城だ。
この時代の城の基本は土作り。まずは地面を掘って空堀を作り、その過程で出た土を使って土塁を造成するのが一般的な方法となる。
しかし、この城は石垣を使う予定なのだという。
石垣。
この時代の石垣――石積みは寺社で使われている程度のもので、それにしても基壇(建物を建てる台座部分)に使用されるくらい。帰蝶が『なんとか那古野ジョー』とやらと一緒に築き上げた石垣は残っているが……当初の予定より拡張したので、その分は自分で築かなければならない。
しかし、帰蝶がやったように人の身長を遙かに超える高さの石垣を築くなど、もはや常識の埒外である。
基礎部分の造成くらいはこちらでやれるが、石積みは帰蝶に任せるしかないか。まずは手本を見せてもらい、石垣の技術を持った職人を育成して――
今後の算段を立てる信長。
そんな彼の視界の端では、ものは試しと石垣に使う大きな石が運ばれていた。生駒家宗に無理を言って確保した石材を、熱田の湊で荷揚げ。あとは丸太で転がしながら那古野へと持ってきたものだ。
「よぅし! いいぞ! そぉれ!」
那古野から熱田にまで届きそうな大声を出しているのは、前田慶次郎。石垣用の岩の上に乗り、自分の頭三つ分ほどもありそうな烏帽子を被り、羽根で彩られた陣羽織を着ながら踊っている。
「ヤァレェイ!」
「神ぃ~ならぬ身なれ~ども!」
「ソォレイ!」
「心ぉ一つに~曳くな~らば!」
「ヨーイサ!」
「岩ぁ~もついには動きだぁ~す!」
「ヤァヨーイサ!」
木遣り唄(作業唄)らしきものを唄う慶次郎と引き手たち。
身体がデカく、声も大きく、派手な格好をした男が威勢良く踊っているとそれだけで気分が良くなるのだから不思議なものだ。
「いいぞー! 気合い入れていけー!」
そんな慶次郎たちを肴に酒を飲んでいるのは長尾景虎。側には越後からついてきた小島弥太郎と直江ふえが侍っているのだが、景虎に巻き込まれて酒を飲まされているようだった。
前田慶次郎は複雑な生い立ちだが、今は帰蝶の家臣として腰を落ち着けているはず。あの慶次郎が大人しく仕えているのだから帰蝶の『器』の大きさがうかがい知れよう。
……ただ単に面白がっているだけかもしれないが。
長尾景虎は帰蝶と個人間の同盟を結んだという。その話を聞かされた信長はまったく理解が及ばなかったのだが……まぁ、帰蝶であるし。帰蝶に『お姉ちゃん』呼びを強要するような景虎であるし。凡人の理解の及ばないことも一つや二つあろう。
……もちろん、信長も十分『奇人変人』枠に入ってしまうのだが。
とまれ。とにかく。それはともかく。
そんな帰蝶の家臣と同盟者が揃って尾張那古野城にいる。帰蝶は美濃へと帰ったというのに。
また転移するときに忘れて置いて行ったのか。
あるいは何か企んでいるのか。
もしくは、単純に面白そうだから慶次郎と景虎の意志で残ったのか。
どれもこれもあり得そうなのが帰蝶と慶次郎、そして景虎であった。
まったく、よくあの連中に付き合えているものよ、と自画自賛する信長。どうやらこの時代に『類は友を呼ぶ』ということわざはないらしい。
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