第563話 閑話 追われる虎寿と


「――いたぞ! 追え! 生死は問われておらぬが、何としても生きて捕らえるのだ!」


「くっ!」


 虎寿――のちの下間頼廉は僧兵たちに追われていた。とりあえず淀城へと向かっている道中、追ってきた僧兵たちに見つかってしまったのだ。


 僧服を脱いでいれば見つかりにくかっただろうが、虎寿はそこまで気が回っていなかった……というより、まさか僧兵を使ってまで追ってくるとは思わなかったのだ。


 しかも生死すら問わぬとは、顕如の何と狭量なことか……。


 虎寿とて未来の法主の側近候補として鍛錬と教育を施されてきた男だ。普通の子供よりは体力があるし、頭も回る。だが、子供と大人の体力の差はいかんともしがたく、みるみるうちに僧兵たちとの距離が詰められてしまっていた。


 もはやこれまでか。

 証如様の御遺志を達成することができなかったのは悔やまれるが、せめて一人くらいは道連れにしてくれよう。


 そんな、およそ少年らしくもない決意を虎寿がしていると――


「――待たれい! 待たれぇい!」


 何とも響く声と共に、馬が一頭駆けてきた。


 なんと巨大な白馬であろうか。


 本願寺において名馬を目にすることが多かった虎寿ですら驚くほどの巨体。本当に馬であるのか疑いたくなるほどだ。


 南蛮の馬は日之本の馬より遙かに大きいと聞くし、もしや南蛮の馬であろうか……?


 虎寿が驚愕に目を丸くしていると、さらに二頭の馬が駆け寄ってきた。

 目の前の白馬ほどではないが、あの二頭もひとかどの駿馬であろう。


「三郎。総大将が単騎駆けをするなんて危ないわよ?」


 と、信長を窘める景虎であった。プリちゃんがいれば『お前が言うな』とツッコミを入れる案件であろう。


「子供が追われていたのだ、是非もなかろう」


「あらまぁ、お優しいことで」


 くすくすと笑ってから景虎が僧兵たちに視線を移す。


 突如として現れた三頭の馬。しかもそのうちの一人(小島弥太郎)は金棒を手にしている。僧兵たちは警戒し、一旦虎寿から距離を取っていたのだ。


「おぬしら、何者であるか!? 我らを本願寺の僧兵と知ってのことか!?」


 本願寺の名前を出せば逃げ出すだろう。そう考えたからこその名乗りであった。


 事実、この大坂の地で、本願寺の名を聞いてまで赤の他人を助けようとする者はいないだろう。本願寺に追われたことが運の尽きだと哀れむだけで。


 だが。

 僧兵たちが相手にしていたのは、良くも悪くも規格外の女であった。


「本願寺? それは丁度いいわね。首を取って合戦前の縁起担ぎといきましょう」


「なに……?」


「――弥太郎」


「委細承知!」


 景虎に命じられた鬼小島が動いた。馬を駆けさせ、そのまま馬の前脚で僧兵の一人を踏みつける。


「生臭坊主では念仏も唱えられまい! なれば拙者が代わりに唱えてやろう! ――南無阿弥陀仏!」


 念仏が終わる前に金棒を振るい、瞬く間に僧兵の頭を潰していく弥太郎。『鬼小島』の名にふさわしい凄惨さであった。


「ちょっと、弥太郎。頭を潰したら首を取れないでしょうが」


「おっと! 拙者としたことが!」


 血にまみれた大地の上でそんな気の抜けるやり取りをする景虎と弥太郎。


 越後の兵は精強と聞くが、こんなのばかりか……?


 あまりにもあまりな光景に引いてしまう信長。


 そんな彼の肩を、いつの間にか追いついていた直江ふえが優しく叩くのだった。



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