第84話 撰銭屋


「というわけで宗久さん! 弥左衛門さん! お金儲けといきましょう! 今日使われちゃった10貫くらい一瞬で稼げますよ!」


 今回雇った女性のうち、十代前半くらいの少女を小脇に抱えながら今井宗久さんと小西弥左衛門に親指を立てる私。ちなみにこの時代に親指を立てるなんてジェスチャー以下略。


「え? え? え?」


 小脇に抱えられた少女は状況が理解できないのか目を白黒させている。ふふふ大丈夫よ取って食いやしないから! 私は幼い子供の味方なのだから!


「……無体なことは、しないはず……」


 なぜか遠い目をする三ちゃんだった。そんなキミも素敵である。


 三ちゃんがいるところでお金儲けの話をするのは私の中の乙女心が許さないので、とりあえずこの場を離れての内緒話だ。


『だいぶ手遅れだと思いますが』


 人生に遅すぎることなんてないのよプリちゃん。と、格好いいことを言ってみる私。


 まだ理解が追いつかないまでも『まぁ帰蝶様について行けば間違いなく金儲けできるか』的な顔をした宗久さんと弥左衛門さんを引き連れて、堺の街を歩く。


 先導して歩いているけれど、別に目的地があるわけではない。行き当たりばったりは大切である。


『……もうちょっと考えて生きなさい』


 私ほど思考している生き物は中々いないというのに。解せぬ。


 とりあえず。人気のない路地で少女を降ろした私は、アイテムボックスから数枚の永楽銭を取り出した。薬の売却やら養生院(治療所)の売り上げから抜き取ったものだ。


 その銭を、小脇に抱えてきた少女に見せてみる。


「はい、どれが偽物か分かるでしょう?」


 確信を抱いて私は問いかける。


 堺の商人である宗久さんや弥左衛門さんなら分かるはずだ。偽物は本物よりも文字が不鮮明で、厚みが薄いとされているから。


 ……というか、この偽物は『さかひ銭』と呼ばれる代物で、堺の商人たちが鋳造していたとされるものだ。むしろ見抜けなかったらそれはそれでヤバい。


 でも、今まで堺とも商売とも無縁だった少女に分かるはずがない。

 はずなのだけど。


「え、えっと……」


 少女は恐る恐るといった様子で一枚の永楽銭を手に取った。


「あの、これですよね?」


「ご名答! きゃあやっぱり凄いわよね“鑑定眼アプレイゼル”は!」


 前の世界でも中々いないレアスキル! 美濃でも尾張でも堺でも、一人も見つけることができなかったのに! 一発で見つけてしまう三ちゃんはやっぱり凄いわよね! さすが私の夫! みんなも私を崇める暇があったら三ちゃんを称えなさい三ちゃんを!


 三ちゃんに惚れ直しつつ宗久さんたちに考えを伝える。


「というわけで。彼女に協力してもらって『撰銭屋』をやろうと思っていまして」


「えりぜにや、ですか?」


「はい。悪銭2枚で精銭1枚と交換しちゃいましょう」


 悪銭とは割れていたり文字が磨り減っていたり私鋳された銭であり、精銭とは本物の綺麗な状態の銭のことだ。


 なにせこの時代はもう銅銭の製造技術が途絶えていて、明からの銅銭輸入も止まってしまっているからね。そのせいで1570年代には精銭が市場から枯渇してしまい米での取引が中心となったと言われているし。悪銭を新品(私鋳銭だけど本物並みの品質)と交換できるならそこそこ人気が出るんじゃないかしら?


 ものにもよるけど悪銭ビタ銭は2~5枚で精銭1枚分らしいし、そこそこ交換されるんじゃないかしら?


 交換した『2枚の悪銭』は溶かしてから改めて鋳造、『2枚の精銭』にしてしまえばいいし。そうすれば1枚交換用に使っても1枚手元に残る。つまり交換すればするほど私の儲けになるってことだ。


 まぁ欠けがあったりするとその分『材料』も少なくなるし、実際はちょっと少なくなるだろうけどね。


 ちなみに。

 悪銭の中でも別の素材で作ったものや混ぜ物が多いものだと溶かして鋳造しても『精銭』にはならない。だからこそそういう系の悪銭は交換対象外にしなきゃいけないのだけど……それをこの子に『鑑定』してもらおうと思っているのだ。


「ほぅほぅ」


「なるほどなるほど」


 私の狙いを理解した宗久さんと弥左衛門さんの目が光った。やはり商人からしてみればどんどん減っていく精銭は死活問題なのでしょう。そりゃあもう街の真ん中で『さかひ銭』なんてものを作るくらいには。


「帰蝶様の私鋳銭は本物と見間違うほどの品質ですからな」


「むしろ、鋳造したてという意味では本物を超えるでしょう」


「これは是非協力させていただかなければ」


「では、手前が店舗の準備をいたしましょう。賊に狙われるかもしれませんから、なるべく頑丈で警備がしやすいものを選ばなければ」


 と、弥左衛門さん。とても目がぎらついております。


「ならば手前は護衛の人間を配しましょう。会合衆とも相談し、信頼できる者を選抜しなければ」


 と、宗久さん。とても目がぎらついております。


「あら、では店舗の賃料と護衛の人件費、それに協力してくださるのだから『お気持ち』くらいは払わないといけませんね」


 と、私。目はぎらついてない。と思います。



『……なるほど、1540年代前半までこの国は銭不足に悩まされていましたが、1540年代後半には密貿易によって明の私鋳銭が入ってくるようになり一時的に銭不足も緩和したとされています。そんな状況であれば新しい銭を大量に持っていてもさほど怪しまれませんか……さすがは主様ですね』



 私を過大評価したり過小評価したり忙しい妖精ひとだことで。


「帰蝶様。ものは相談ですが、まずは手前の悪銭を交換してはくださらないでしょうか?」


「おっと弥左衛門殿。抜け駆けは無しですぞ。撰銭屋の話が堺に広まれば『客』が殺到するでしょうからな。その前に手前の銭も交換してもらわなければ」


「えぇ、大丈夫ですよ。お二人の銭を優先して交換しましょう。堺の豪商ともなれば悪銭だけでも凄い数になるでしょうから、これから忙しくなりそうですね」


 ふっふっふっと黒い笑みを浮かべる私、宗久さん、弥左衛門さん。


 そんな私たちの様子を見て少女は『とんでもない人に買われてしまった……』と恐れおののくのだった。



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