第594話 閑話 細川政元という男
――細川政元とは、悪党ではない。
帰蝶が尾張へと移動したあと。
大阪の地を任された細川政元は、同じく大阪を任された超勝寺実照と会談を行っていた。
「御師様(帰蝶)から任されたのです。この大阪の地、大きく発展させなければ」
生まれた家やかつての地位からすれば政元は尊大な態度を取るべきだろう。だが、それをしないだけの分別は有していた。
「えぇ、えぇ。それは当然のこと。我ら加賀の信者も微力ながら協力いたしましょう!」
瞳に炎を宿しながら超勝寺実照が叫ぶ。
「…………」
一見すれば脳みそまで筋肉でできているかのような男。しかし、この男がそれだけではないということを政元は生前の経験から察していた。
確かに実照は帰蝶に狂っているし、帰蝶のためならば加賀から連れてきた信者7,000人を迷うことなく使うはずだ。
だが、いい気になって政元が利用しようとすれば……信者7,000は、容赦なく政元の首を落としにかかるだろう。
敵対せず。利用しようとせず。友好的な協力者としてふるまう。それが政元の実照に対する基本姿勢となる。
「御師様が手ずから力を貸しているのです。堺と雑賀、根来の郷はこれから益々発展することでしょう」
いわゆる『戦国スタンプラリー』については大阪の責任者となる政元と実照もすでに聞かされているので、実照も深く頷いた。
「えぇ。そうなると大阪の発展は中々難しいでしょう。商取引では堺に負け、さらには『吉兆教』の信者の参拝すらも取られてしまうのですから」
実照の発言に、「恐ろしい男よ」と政元は密かに舌を巻く。なるほど、これだけ優秀だからこそ御師様も滅ぼさず味方に引き入れたのかと。
「御師様の構想する『学園都市』や『迷宮都市』としてなら大阪も相応に発展することでしょう。――ですが、ここはこう一つ収入の柱が欲しいところ」
「柱、で御座いますか。京への輸送は運河のある堺には勝てませんし、噂では神戸にも大桟橋を作られるとのこと。となれば他の方法となりますが……大阪にも大桟橋を準備していただきますか?」
「それもいずれはやっていただきたいですが、あまり短期間に頼りすぎるのも我らの評価を下げましょう。ここは吉兆教の信者が参拝する前の宿泊地として整備したいところ」
「ほぅ? それは伊勢参りの前に二見浦を参拝し、心身の汚れを落としてからお伊勢様に向かうようなものですか?」
「将来的にはそうしたいところ。堺は周りが農地として整備されてきていると聞きますし、宿場を作る余裕は大阪の方が大きいでしょう。あとは心身を清め穢れを落とすという説得力がある『何か』を準備できれば……」
「それはこれからじっくり考えるといたしましょう。……農地と言えば、田畑を大阪の郊外へと移さなければなりませぬな」
「すぐに動いてもらうのは難しいですが、御師様のご威光を実感すれば、民も喜んで移動に協力することでしょう」
「……もし、それでも動かぬ者がいた場合は?」
「その時は超勝寺殿に協力を願わなければなりませぬな」
「…………」
つまりは、武力による強制移住。普通の人間であれば悪名を恐れて中々実行できないところを、政元は迷いなく「やる」と言ってのけた。
金銭欲も、名誉欲もその様子からは見て取れない。――帰蝶が望んだから、やる。政元からすれば
――細川政元とは、悪党ではない。
ただし、善人でもない。
彼の中にあるのは命の恩人である
細川政元は、そういう人間なのである。
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