第121話 うつけと、たわけ



 三ちゃんは『ははーっ!』とばかりに両膝を突き、つられて十ちゃんも頭を下げて。そんな二人の様子をお義母様は満足げな目で見ていた。


 この人、つよい。


 三ちゃんって不良うつけだから母親に反発して言うこと聞かないとばかり……。


『……ルイス・フロイスが書き残した信長像を信じるならば、信長は武技の鍛錬を欠かさず、正義感が強く慈悲深い。気位が高く侮辱を許さない。貪欲ではなく、誰にも相談せず一人で決断していたとされていますね。さらには早起きで暴食もせず、自宅は常に清潔にしていたと。まぁ、織田弾正忠家の嫡男として厳しく躾けられたんだろうなぁとは察せられますよね。自分に厳しく他人にも厳しく』


 そう聞くと中々に立派な『武家の跡取り』なのでは?


『まぁ、客人フロイスすら書き残すレベルの癇癪持ちでしたが』


 余計な一言で台無しである。


 と、お義母様が胡乱な目を私に向けた。


「……おぬしが斎藤道三の娘であると? まことに? おぬしが?」


「ふふふ、分かりますよお義母様! この美少女☆な私があの海坊主から生まれたことが信じられないのでしょう! でも残念ながら父様の娘なのです! 後の世には戦国三大奇跡として語り継がれることでしょう!」


「…………なるほど、図太さは父親譲りか」


 呆れのため息をつかれてしまった。父様の図太さのせいで私まで図太いと勘違いされてしまった。おのれ美濃の海坊主、許さんぞ。


『そういうところです』


 こういうところらしい。


「……おぬしが三郎(信長)の嫁になると? 殿(信秀)が決めること故、わらわが知らなくても仕方ないが……」


 ほんまかいな、という顔をするお義母様。そんなお義母様に平手さんがなにやら耳打ちする。たぶん私たちの出会いから今に至るまでの一大恋愛叙事詩を語ってくれているのでしょう。



『……恋愛って。ただの一目惚れで、押しの強さに信長が負けただけでは?』



 あんなにも笑いあり涙ありのハートフルラブロマンスだったというのに。プリちゃんは何を見ていたのかしら?


『お笑いしか見てませんね』


 お笑いって。存在自体がお笑い芸人ってか?


『自覚があるようで何より』


 どういうことやねーん。


 突っ込んでいるとお義母様が意地悪そうに口元を緩めた。


「ふん、恋か。親を無視して、自分たちで婚約相手を決めるとはのぅ?」


 その目が、未だ地面に両膝を突いていた三ちゃんを捉えた。


「三郎。――もしも道三と手切れとなり、美濃との戦となった場合はいかにする?」


「…………」


 愛する者同士が家の都合で引き離される。戦国時代ならあり得る話だ。


 有名どころでは北条氏政は三国同盟を結んだ武田と手切れになったあとに奥さんと離縁したけれど、氏政は最後まで離縁を渋り……、のちに武田と和睦したら妻の遺骨を貰い受け手厚く葬ったらしいし。



『あー……。その話、実際は離縁せずに一緒に暮らしていたんじゃないかという説も。そもそも同じ三国同盟で今川氏真は早川殿と結婚しましたが、嫁の実家と敵対したあとも離縁していませんし』



 戦国浪漫を! 否定するのは! やめてください!


『いや離婚せず一緒に暮らしたんだからいいじゃないですか』


 よく考えれば、それもそうである。


 私が納得していると、その間存分に悩んでいた三ちゃんが重々しく口を開いた。



「……嫡男には勘十郎を据えたまえ」



 信長ではなく、信勝を嫡男に。


 勢いでもなく。軽率にでもなく。熟考に熟考を重ねた上で。織田弾正忠家の家督ではなく、私を選ぶと。


 三ちゃんは断言した。

 断言してくれた。


 …………。


 やっば、鼻血出そう。というか出た。胸がズキュンバキュンでトゥンクトゥンクしてしまう。三ちゃんが私をそこまで想ってくれていたなんて! きゃあ素敵よ三ちゃん! 惚れ直しちゃう! 結婚しましょう今日にでも!


『……まぁ、主様を選んだ方がお得ですよね、実際』


 人をお買い得品みたいな扱いするの、やめてもらえません?


 うつけとしか思えない三ちゃんの発言。しかしそれを聞いたお義母様は楽しそうに目元を緩めた。


「ほぅ。うつけた・・・・ものよのぉ」


 お義母様が扇子で口元を隠しながら私に視線を移した。


「して。おぬしはどうする? 場合によっては夫が牢人(浪人)となるが」


「心配してくれるんですねお義母様! 大丈夫です! 私これでもお金持ちですから! 三ちゃんが再就職するまで十分養えますよ!」


「そういうことを言っているのでは……」


 呆れ顔をするお義母様に、にっこりと微笑みかける。



「――それに、大丈夫ですよ。そのときは『斎藤信長』が尾張を一統しますから。道程は少々異なりますが、結果は変わりませんよ」



「…………」


 目元から感情が消えるお義母様。扇子の下に隠れた口元に浮かぶのは嫌悪か、あるいは歓喜か。


うつけ・・・の妻はたわけ・・・であったか」


 音を立てて扇子を閉じたお義母様は、小さく鼻を鳴らしてから踵を返した。屋敷の奥へと戻り、侍女さんたちが慌ててその後を追う。


 なんか知らんけど、勝った?


 嫁姑戦争の第一戦、帰蝶ちゃんの勝利である?



『ちなみにニュアンス的には『うつけ』より『たわけ』の方が酷いですね』



 プリちゃんは余計な一言を言わないと死ぬ病気なのかしら?



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