第676話 閑話 帰蝶が嫁だと苦労しそうですね



 なんだかまた帰蝶に巻き込まれそうな予感がしている信長である。


 信長としては天下に武をき、日之本に静謐をもたらすという『夢』を見ているのだが……いざ天下統一を成し遂げたあとは、帰蝶に首根っこを掴まれて世界を飛び回らされるような予感がするのだ。


 そんな未来を幻視して頬をひくつかせる信長であるが、彼の場合、その時になればノリノリで海外へと打って出るであろうから……どうやら自分自身に対する理解度は低いようだ。


 と、信長が来たるべき未来に苦笑していると、


「――敵将! 討ち取ったり!」


 槍の先に織田信友の首をぶら下げて、馬をゆっくりと旋回させているのは斯波義統の家臣・由宇喜一。主君の敵を取ったのだからその無念も少しは張れるだろうか。


湯帷子ゆかたびら姿で参陣し、主君の仇を討つ。由宇殿の武名は長く語り継がれることでしょうな」


 そう言いながら信長に近づいてきたのは森可成。その隣には平手長秀が馬を並べている。


 二人とも、腰にいくつかの首をぶら下げているので、相応に活躍したようだ。


「…………」


 その首をじっと見つめながら信長は考える。馬に乗っているからまだ増しマシであるが、いちいち首をぶら下げていては動きが阻害されてしまうなと。


「おや、また何か面白いことを考えつきましたか?」


「うむ。首をいちいちぶら下げていては動きが鈍くなるなと」


「言われてみれば、そうでありますな。馬に乗っているならとにかく、足軽では……」


 森可成が同意し、


「しかし、首とは手柄の証。その場にうち捨てろというのは酷な命令でありましょう」


 平手長秀が苦言を呈す。この二人、中々良好な関係のようだ。


「では鼻や耳をそぎ落とすというのは?」


「戦果確認だけなら十分でしょうが、それはさすがに戦場に散った勇者に対する冒涜でしょう」


 議論を交わす可成と長秀を見て、信長が小さく唸る。そう簡単に『常識』を変えることはできないようだ。


 ここはいっそのこと『首を取ること』を誇りに思わない軍勢を育てることができればいいのだが……。個人の武勇ではなく、部隊の活躍こそを誇るような……。


 信長の母衣衆は革新的であり柔軟な組織であるが、やはり立身出世を目指す者が大半を占めている。そんな者たちに『首を取るな』と命じても反発を招くだけだろう。


(そう考えれば、帰蝶はよくやっておる)


 近衛師団は手柄による出世などなく、軍指揮官になれるのは一定の勉学を治めたうえで実力があるものだけとする予定らしい。

 また、最初から報酬は銭であり土地はやらぬと宣言してある。それでもいいという人間しか集まって来ないというのに、すでに数千人もの人間が所属しているという。


 土地がなければ定期的な収入が望めず、近衛師団から引退したら現金収入が途絶えてしまう。

 だが、その辺は帰蝶も理解しているらしく、年を取り戦場に立てなくなった際の雇用は充実しているという。

 つまり、近衛師団の一般兵はそれほど出世できないかもしれないが、その代わり長期の就職を保証されていると。


(まったく。わしの思いつくことなどすでに実現しておるわ。しかも一手も二手も先を……)


 感心するやら呆れるやら。嫉妬の感情は……驚くほど無い。燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや。帰蝶がとんでもない・・・・・・女であることなど最初から分かっていたのだから、今さらそんな感情を抱くはずもない。


 ……まぁ、そんな女を嫁にしてしまう信長もまたとんでもない・・・・・・男なのであるが。


「うむ」


 すでに日は落ち、周囲は暗くなり始めている。ここは野営場所を探し始めてもいいところだが、このまま清洲城に向かうかと信長は考える。普通は城などそう簡単に落ちるものではないのだが、城主・織田信友の首を見せれば案外簡単に降伏するかもしれない。


 ……主君に殉じて城を枕に討ち死にという可能性もあるにはあるが、その時は信秀の援軍を待とうと決めた信長である。すでに信友の首を落としたのだから焦る必要はない。




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