第678話 閑話 そういうところだぞ信長君


 太田牛一が由宇喜一の元へ向かったあと。


「いやぁ、若様。良き判断で御座いました」


 そう褒めてきたのは森可成だ。


「太田牛一は斯波義銀殿につけられていたほどの御仁。義銀殿との橋渡し役(パイプ役)には適任で御座いましょう。ほかの勢力に付け入る隙を見せぬためにも、まずは義銀殿と強固な関係を築かなければなりませんからな」


「……で、あるな」


 無論、そこまでは考えていなかった信長君である。


 さすが可成、我が意をそこまで察するとは……という顔をしながら馬を進める信長。ここで慌てて負傷者でも出したら馬鹿らしいので速度はゆっくりめだ。軍隊とはただ歩くだけでも脱落者を出してしまうものなのだから。


 そうして五条川を越え、清洲城に近づいたところで……。


「……なにやら妙な旗が立っていますな」


 そんなことを口にしたのは太田牛一。すでに周囲は暗いので信長や可成では何の旗が立っているかは分からないというのに。これだけ目が良ければ、なるほど弓が得意というのも頷ける。


 と、物見(斥候)として走らせていた兵が慌てて帰ってきた。


「ご、御注進! 清洲城、すでに占領されております!」


「占領? 信友の残存兵ではないのか!?」


「ははっ! あれなるは二頭立浪! ――美濃、斎藤道三の旗印であるかと!」


 その報告に信長の周囲はざわめいた。なぜここに道三がいるのだ、とか。ついに尾張へ侵攻してきたか、とか。帰蝶様はどちらにつくのだ、とか……。


 そんな周囲の反応を気にも留めずに、信長は笑った。


 英雄は英雄を知る、とでも言おうか。


 大田牛一を仕えさせる利点をまるで理解できなかった男は、しかし戦国の巨人・斎藤道三の考えを即座に見抜いて小さく呟いた。


「――義父ぎふ殿め、やりおるわ」







「……若様、いかにいたしましょう?」


 さすがに動揺を隠せない森可成が問いかけてくる。


「ふむ。そうよなぁ……。旗印は他に何があった?」


「は、はは……」


 信長からの問いかけに冷や汗を流し始める物見兵。斎藤道三登場に慌てて他の旗印を気にする余裕がなかったか、あるいは知らない旗印であったか……。どちらにせよこれ以上の問いかけは無意味かと判断した信長は物見兵を下がらせた。


「若様。あまり不用意に城に近づくのは危険でしょう。一旦ここで足を止められてはどうかと」


「うむ。……牛一よ。城の旗印は見えるか?」


「はっ、しばしお待ちを……」


 太田牛一が手のひらでひさし・・・を作り、目をこらす。


「……む、やはりあれは二頭立浪紋。そして長井家の家紋に……あれはたしか、明知遠山氏の家紋かと」


 牛一も美濃の国境近くにいたおかげか美濃の旗印に対する知識もあるようだ。


「明智……。明智光秀義兄殿か」


「はははっ、若様。まだ義兄扱いは早いのでは?」


「なぁに、義兄殿ならうるさく言うまい」


 はっはっはっと笑う信長に、太田牛一がさらに報告する。


「それともう一つ。奇妙な……蝶のような旗印が」


「蝶?」


「蝶?」


「蝶、であるか……」


「蝶、でありますか……」


 否応なしにとある少女の姿を連想してしまう信長と可成であった。




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