第61話 天下に武を布く
祭りも佳境となり。
私と三ちゃんは櫓の上に昇り、だいぶ火勢の弱まった焚き火(というか、キャンプファイヤー)を眺めていた。
火の周りで踊っているのは十ヶ郷のみんなの他に、元々宴会に参加していた川向こうの集落の人、そして火起請を仕掛けてきた中郷の人たちも一緒になって騒いでいる。
『元々は同じ惣国(自治共同体)の一員ですし。薬師如来の化身(笑)に言われたのですから仲良くするもの必然ですね』
(笑)ってなんやねん(笑)って。
まぁ、仲良きことは美しきかな。
私が薬師如来扱いされている現実から目を逸らしていると、三ちゃんは難しい顔をしながら祭りの様子を見つめていた。
「眉間に皺を寄せてどうしたの?」
「……うむ、なぜ人は争うのかと思うてな」
あらもしかして『本当は争いたくないのだ! ラブ&ピース!』系の思考に陥っちゃった? ダメよ戦国時代にそんなことを考えたら一瞬で族滅よ?
「わしは皆が豊かになれば争いも無くなると思っていた。だが、濃尾平野を有し、津島や熱田のおかげで豊かな尾張でも争いは終わらぬし、堺との交易で他より豊かであるはずのここでも境界争いは起こっている」
「……争いは嫌い?」
「家を守るため。家族を守るため。そして領民を守るため。戦うことに何の不満もない。領民を守るからこそわしらは税を徴収し、生活することができるのだからな」
おぉ、ちゃんと領主としての責任を理解しているみたい。うつけ呼ばわりされているのに偉いぞ三ちゃん。
そうそう。領民が税を納めるのはいざというとき守ってもらうため。その意味で言えば(本来なら)領主と領民は対等な契約関係にある。契約を履行できない領主は領民に逃げられたり一揆によって排除されるのが戦国時代なのだ。
「帰蝶。なぜ争いは止まらぬのだ?」
「そうねぇ。食べるものがないから生き残るために他所から奪うしかない。というのが第一段階。食べるものは十分だけどさらなる富や権力を得るために侵略する。それが第二段階。尾張やこの郷は第二段階ってところかしら」
その他にも宗教や民族、イデオロギーの違いなどで起こる戦争もあるけど、まぁそれらは一旦置いておいて。
というか光秀さんにあげたお酒をめぐってちょっとした争いになりかけたのだから、人間から争いをなくすのは無理な話でしょう。
よしんば争うことがなくなるほど成熟したとして。はたして、そんな生物を『人間』という言葉でくくっていいのか甚だ疑問よね。
「豊かになっても人は争うのか。――争いをなくすには、どうすればいいのかのぉ」
天を見上げた三ちゃんの呟きは、きっと答えを求めてのものではない。応仁の乱から八十年経っても終わらない戦国時代を憂えているのでしょう。
ただ。
私は答えを知っているので、悩める少年に教えてあげることにする。
「そうねぇ。一番手っ取り早いのは『惣無事令』を発することかしら?」
「そうぶじれい?」
「自力救済の否定。領土争いを武力ではなく法律によって裁定する時代。すべての争いを私闘と断じ、その一切を禁止すること」
「……そんな令を発したところで、誰も言うことを聞くまい」
「帝からの勅令であっても?」
「……少なくとも、山門(比叡山延暦寺)の坊主共は聞かないだろうな」
「ふふん、三ちゃん。あなたには世界の真理を教えてあげましょう」
「真理?」
首をかしげる三ちゃんに対して、私は握り拳を作りながら言い切った。
「――言って聞かなきゃぶん殴れ!」
なぜなら
『……あなたは脳みそが筋肉でできているんですか?』
ふふふ、この灰色の脳細胞を持つ私に対して酷い言いぐさもあったものである。
私がプリちゃんとの終わらない争いを始めようとしていると――三ちゃんの目に光が灯った。
いや三ちゃんの目が死んでいたわけではない。ちゃんと年頃の青年らしい光に溢れていた。ただ、今までより明らかに目の輝きが増したような……。
「で、あるか!」
拳を握りしめながら三ちゃんが立ち上がった。
「感謝しよう帰蝶! わしは今、道を得た!」
突然の大声に踊っていたみんなが櫓を見上げ、三ちゃんの姿を視界に収めた。
河原を埋め尽くさんばかりの人々。
そんな群衆に向かって三ちゃんは高らかに宣言した。
「皆の者! ――わしは天下に武を
……天下布武?
それ、岐阜を手に入れてからじゃなかった?
三ちゃんの突然の宣言。しかし皆は馬鹿になどしなかった。
「おう! いいぞ三郎!」
「男ならそのくらいの夢を抱かなくちゃな!」
「さっさと尾張を統一しろ! そうしたら傭兵として雇われてやるよ!」
「ちゃんと銭は払えよ!」
「儂らは高いぞ!」
やんややんやと乾杯する十ヶ郷のみんなだった。どうやら相撲大会などで一種の絆が生まれたみたい。
そんな皆に手を振りながら、三ちゃんはそっとつぶやいた。
「……帰蝶と共にいると飽きぬなぁ」
こちらのセリフである。
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