第516話 閑話 目がぁあぁあぁ……!


 一向一揆の夜襲部隊、その第一陣が行動を開始した。


 彼らの衣服は例外なく泥にまみれている。


 夜襲に際して、本来であれば墨でも塗って目立たないようにしたかったのだが、とてもではないが準備できないからこその妥協策であった。少しでも敵の目を欺ければ、それでいい。


 彼らの第一目標は水堀まで進出し、近くにうち捨てられた死体を水堀に放り込み、次の部隊の足場作りをすること。むろん、相手が浮き足立つようならそのまま城を攻めろと命令されている。


 なるべく足音を立てぬように。なるべく戦闘をせぬまま水堀に近づこうとする一向一揆たち。だが、一人一人は僅かな物音を立てただけでも、それが万単位となれば隠しきれない騒音となる。


 淀城は暗闇に包まれて・・・・・・・いた。かがり火の一つも用意されていない。油断して準備をしていないのか、あるいはかがり火を目標に攻撃されるのを恐れているのか……。ともかく、一揆勢はやるべきことをやるだけだった。


 彼らが身を隠しているのは貧相な木盾。鉄砲に対する防御力を期待できる竹束など今の時点では存在しないし、木製の盾を使うのは必然と言えた。


 木製であろうと、降り注ぐ矢を防ぐことくらいはできる。

 だが、それだけ。

 鉄砲に狙われれば易々と貫通されてしまうし、手砲を前にしては何の意味もない。大砲や臼砲に対しては言うまでもない。


 ロケット弾の破片程度なら防げるだろうが……それにしても防げるのは正面のみ。四方八方に飛来するロケット弾には気休め程度の効果しかないだろう。


 そもそも、一揆の数に対して準備できた木盾が少なすぎた。

 狂信者は死を恐れないが、どうせなら意味のある死を迎えたい。――仲間が水堀を乗り越えるための、足場作り。それを実現するために彼らは貧相な盾に身を隠しながらゆっくりと進んでいった。


 一揆勢が水堀に到着した、その瞬間。


 暗闇が、消し飛んだ。


 周囲が昼間のように明るくなる。


 ――サーチライト。


 この時代にはあり得ない光源は、まるで太陽を直視したように、暗闇に慣れた一揆勢の目を焼いた。特に、目指す城にかがり火が一つもなく、暗闇に慣れていたからなお効果的に。


「あっ! あぁああああぁああああぁああ!?」


「目が! 目が見えぬ!」


「なんじゃ!? 何が起こった!?」


 突如として照射された光。突如として奪われた視界。たちまちのうちに一揆勢は混乱の渦に叩き落とされ――ある者は訳も分からぬまま水堀に落ち、ある者は武器を手にしたまま暴れ回り、ある者は転び、そのまま他の信者たちに踏み殺された。


 状況をまるで理解できていない一揆勢。そんな彼らに容赦ない追撃が降り注ぐ。

 深い闇を切り裂くようなロケット弾の飛翔音。大地を揺らすかのような大砲・臼砲の音。そして狙いも付けぬままうち放たれる鉄砲や手砲たち……。


 第一陣となった信者たちは甚大な被害を受けつつ、何の手柄もないまま潰走した。



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