第527話 閑話 秘術
蓮淳は顕如を連れて、本願寺の地下洞窟を歩いていた。
例の、細川政元の即神仏(ミイラ)が安置されている場所だ。
顕如は目の前で実の父を失ったばかりであり、連れ歩くことも憚るべきなのだが……蓮淳がそんなことを気にするはずもない。
「おぉ! 見よ! 右京大夫(細川政元)様に血色が戻られたぞ!」
皺だらけの顔に喜色を浮かべる蓮淳であるが、顕如としては絶句するしかない。
骨と皮だけの即身仏。髪の毛が残っているほどに保存状態はいいが、それだけ。生きている人間と見間違うことはないはずだった。
しかし、どうだろう。今の即身仏には僅かながらに血色があり、表皮もどこか艶やかになった気さえする。相変わらず『生きている』と思うことはないが、それでも以前と比べれば『人間らしい』有様になっていた。
「れ、蓮淳様……。これは一体……?」
「うむ、秘術よ」
「秘術……?」
「かつて親鸞聖人は怪しげな山伏に命を狙われたが、逆にその山伏を改心させ、弟子とした。その弟子から教えられた秘術こそが――反魂の秘術よ」
「反魂……」
顕如もまだ若いとはいえ、それなりに勉強をしている。たしか鎌倉時代の西行法師が死人の骨を集め造人の術を行ったことがあったはず。だが、それはまともに言葉も喋れない失敗作であったはずだ。
また、平安時代などには鬼が人を造ることが数多く行われてきた。それを考えれば、死人の骨を完璧につなぎ合わせなければならない反魂の秘術よりは、即身仏を使った方が成功率は高いかもしれない。
(いや、何を愚かな……)
自らの思考に呆れる顕如。どうにも『天狗』などという非常識な存在を目の当たりにしたせいで、そういう胡散臭い話をすんなり信じてしまいそうになる。
あるいは、父親が目の前で死んだせいで精神的に不安定になり、冷静さを失っているだけかもしれないが……。
「……反魂の秘術。一体何をされたのです?」
「うむ。証如の書いた札に少々細工をしてな。死んだ信者共の魂が、この場所に集まるようにしたのよ」
「魂を……?」
蓮淳の言葉を証明するかのように。揺れ動く火の玉のようなものが洞窟内を移動し、ふらふらと漂いながらも細川政元の即身仏の口に吸い寄せられ――消えた。
どことなく、さらに血色がよくなったような気がする。
いや、しかし、まさかそんなことがあり得るはずが……。
「あと数百か、数千か……。細かい数は分からぬが、このまま信者共の魂を吸わせれば右京大夫様も息を吹き返されることだろう。――その時こそ、本願寺が大坂を制し、京を制し、日の本一の勢力になるのだ!」
狂気をその目に浮かべながら、蓮淳は即身仏の前で跪き、地面に額を押しつけた。顕如が聞いたこともない呪文を唱えながら。
――馬鹿馬鹿しい。
顕如としては呆れるしかない。
たしかに死者の復活ともなれば素晴らしいが、そのための犠牲が多すぎる。しかも、今さら細川政元が現世に戻ったところで、何ができるというのか。すでに細川京兆家の家督は細川晴元のものであるし、将軍も代替わりした。かつて細川政元が築いた権勢は存在しないし、兵も集まらぬだろう。
そのようなことすら分からず、過去の人物にこだわるとは……。
近いうちに、排除しなければ。
顕如は静かに決意した。
そんな彼の断決を、即身仏の干涸らびた瞳が確かに見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます