第16話 町歩き
最近の私は『治癒術の授業のため』と称して稲葉山城を出ることができるし、『治癒術の才能がある人を見つけるため』と嘯いて城下町を散策することもできる。戦国大名の娘としては破格の対応だと思う。
しかし、もちろんというか何というか、護衛として光秀さん他数名が付いてくるので息苦しいことこの上ない。すうひゃくねん――ごほん、ちょーっと長い期間自由人をしていた私としてはもう少し気ままに町歩きをしたいのだ。
というわけで、のんびり一人歩きをすることにした。
まずは『薬を作るのでしばらく誰も部屋に入らないでください』とお願いして、私が出かけている合間の人払いをする。製薬は各人・各家の秘伝とされるので特に怪しまれることはなかった。
そして念のため。事前にアイテムボックスに詰め込んでおいた土を使い、身代わりの人形を作っておくことにする。こうすれば誰かが部屋を覗いても誤魔化せるからね。
まずはアイテムボックスから土を取りだし土属性魔法で『ゴーレム』を製造する。“核”とするのは魔力を貯めることのできる特殊な石・魔石だ。この世界にあるかどうか分からないのでアイテムボックスに入っていたものを使う。
「――仏造りても魂入らず。精心込めれば魂入る」
呪文を唱えると土塊が波打つように胎動し、数秒もしないうちに私そっくりのゴーレムとなった。うんうん、我ながらいい出来だ。
『……土から作ったのに肌色や髪の色、瞳の色までも完璧に再現されているのはどういう理屈なのですか?』
考えるな、感じるんだ。
とりあえずゴーレムさんには薬草の整理や薬の作製などをお願いして、私は転移魔法で城下町へ遊びに――じゃなかった。道三の娘として必要な視察に出かけることにした。
『今さら取り繕わなくてもいいのでは?』
プリちゃんのツッコミは今日も絶好調でござった。
◇
「……薬屋さんは見当たらないなぁ」
『そもそも庶民はあまり薬を使わなかったと聞きますしね』
この時代の薬にどんなものがあるか知りたくてしばらく城下をぶらぶらしてみたものの薬局っぽい店は無し。なにやら無駄に注目を集めただけで終わっただけの気がする。やっぱり銀髪赤目の南蛮人顔は珍しいらしい。
『そういえば、この国において白子――いわゆるアルビノの人間は見世物小屋で見世物にされていたらしいですね』
「その情報は今必要なものなのかな? 人間、知らなくていいことってあると思うよ?」
『ちなみに古代日本には『国津罪』というものがありまして』
「うん?」
『その中では『
「人間! 知らなくていいことってあると思うな!」
まったくもー、っとぷりぷりしながら街を歩いていると、『茶屋』の文字が目に入った。まさしく『掘っ立て』と呼ぶにふさわしい粗末な小屋。軒先に並べられた長椅子に座った商人らしき人がお茶とお餅(?)を食べている。
ちょうどよく小腹も空いてきたし、家宗さんとの取引で得た永楽銭もたっぷりあるので小休止することにした。
『周りからこんなにも注目されているのに……神経図太いですよね』
プリちゃんからの大絶賛を聞き流しつつ小屋の中に入る。
「すみませーん。お茶飲みたいのですけどー」
「はーい、いらっしゃ――」
振り向いた中年女性が私の姿を見て動きを止めた。たぶん店員さんだろう。戦国時代の庶民ってみんな痩せているイメージがあるけど彼女は中々に恰幅がいい。『かあちゃん』と呼びたくなる見た目だ。
店員さんはしばらく目をぱちくりさせたあと震える声で私に質問してきた。
「えっと、帰蝶様ですか?」
「……ふっふっふ、違いますよ店員さん。今の私の名前は胡蝶! 世を忍ぶ一般庶民なのです!」
ちなみに道三の娘は『帰蝶』という名前が有名だけど『胡蝶』じゃないかという説もあるらしい。byプリちゃん。
「………………、……あぁ、はいはい、偉い人の道楽ってヤツだね。しかし噂よりずいぶんと愉快なお人じゃないか」
なにやらすべてを諦めたような目をする店員さんだった。解せぬ。
「私は礼儀なんてものは知らなくてね、姫様じゃない『胡蝶』なら多少無礼があってもいいのかね?」
「もちろんですとも。なにせ今の私はただの一般庶民☆胡蝶ですからね」
「……………、………………胡蝶ちゃんだね。私の名前は『
なにやら言いたいことをゴクリと飲み込んだような津やさんだった。
「うちは茶屋だけど簡単な飯も出している。餅の味噌焼きと湯漬けがオススメだよ」
「ほぅ、湯漬けとな?」
織田信長の好物として有名だけど実際に見たことがない食事、湯漬け。これは一度頼んでみるべきじゃないのかな!?
『……期待しているとがっかりしすぎて死ぬと思いますが』
がっかりで死ぬってどんな料理やねん。
プリちゃんにツッコミつつ湯漬けを頼むとすぐに出てきた。ほんとにすぐに。
お椀と漬け物。お椀に中にはお米――雑穀? お米がほとんど見えないけどまぁお米ということにしておく。それにお湯が掛けられている。
お茶漬けではない。お湯だ。いかにも冷え冷えのご飯(という名の雑穀)にあまり温かくなさそうなお湯がぶちまけられている。
『そもそも湯漬けは保温機能のなかった時代に冷えて固くなったご飯を食べるための料理であったと考えられます。昔はお茶が高級品でしたのでお湯を使うのは必然でしょう。将軍や貴族の食べるものでしたら出汁がきいていたと記録されていますが、庶民が食べるものに出汁など望むべくもないはずです』
冷えたご飯にお湯。味付けはナッシング。漬け物が付いていることがせめてもの救いか。
言いたいことは多々あるけれど頼んでしまったものはしょうがない。食べ残してはもったいないオバケが出てしまう。私は意を決して湯漬けを食らい、食らい、箸を置いた。
うん、まっずい。
がっかりしすぎて死にそうだった。こんなものを好んでいたのか信長よ。味覚が死んでいるにもほどがある。もしキミと結婚する未来があったなら食生活を調教――じゃなくて改善しよう。固く決意する私であった。
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