第146話 美濃の兄バカ


「久しいな、帰蝶。十年ほど経つか……。元気なようで何よりだ」


「ふふふ、美しさに磨きを掛けて帰って参りましたよ。そういうお兄様は……ちょっと太りました?」


「…………」


 思わずといった様子で腹に手をやるお兄様だった。自分でも気にしているらしい。

 食糧事情が良くない時代に太ることができるのは高貴な身分の証である――という理屈は通じそうにないわね。


 自分の豊かな腹部(オブラートに包んだ表現)から意識を逸らすようにお兄様は私を見て、私の小脇に抱えられたままだった光秀さんを睨め付けた。


「その男は……明智の小倅だったか。ずいぶんと親しげだが、帰蝶とはどういった関係だ?」


 戦国時代的には『小脇に抱える』は親しさの表現らしい。凄いな戦国時代。



『いえ、さすがに戦国時代でもそれはないのでは?』


≪妹に悪い虫が付いてないか心配しているだけだろう≫



 ナチュラルに悪い虫扱いされている光秀さんに涙を禁じ得ない。


「い、いえ、某は……」


 次期国主に睨まれた光秀さんは冷や汗をダラダラと流している。まぁ、小脇に抱えられているとはいえ、年頃の娘の身体に接触しているのは事実だものね。言い訳もしにくいのでしょう。


『……その辺を分かっているのなら、まずは降ろしてあげたらどうですか?』


 え~このあと面白い展開になりそう――じゃなかった。ご主人さまとして、家臣の対応力を鍛えようとしてあげているだけなのに~。


≪……あまりに憐れ。此奴が本能寺するなら、協力してやろうかのぉ≫


 本能寺を動詞にしないでください。玉龍ータス、お前もか。


 そんなやり取りをしている間にも、お兄様の不機嫌ゲージが急上昇している気がする。


 ははーん? お兄様って実はシスコンだな? さすがは道三父様の息子である。


 シスコン(確定)お兄様が眉間に皺を寄せている。不機嫌さを察しているのか光秀さんはガクガクブルブルだ。


「帰蝶を連れて我が居城にまでやって来るとは……。しかもそこまで親しげな様子を見せて……。おぬしは、あれか? 帰蝶との結婚の挨拶にでもやって来たか?」


 話が飛びすぎである。何というシスコン――というか、もはやポンコツなのでは?


『まぁ、道三の息子で、主様の兄ですし』


 どういうことやねん。


 私との結婚。

 そんな勘違いをされた光秀さんはというと――




「――え、無理」




 素の声だった。

 紛れもない本音であった。

 敬語すら忘れておる。


 はははっ、うける。


「…………」


「…………」


 視線と視線で意思疎通した私とお兄様は、小さく頷き合った。


 まずはお兄様の側まで移動し、光秀さんを降ろす。


 そして、光秀さんの左肩を私が。右肩をお兄様が掴む。ガッシリと。絶対逃してなるものかとばかりに。


「はははっ、光秀さん? 誰の何が『無理』なのかしら?」


「はははっ、明智の小倅。儂の妹のどこが『無理』だというのか。じっっくりと聞かせてもらおうではないか。なに、まだ日は高い。時間はたっぷりあるぞ」


「い! いえ! 帰蝶様が無理なのではなく、某はもう結婚しておりまして――!」


 言い訳も虚しく、そのままお兄様によって屋敷の奥へと引きずられていく光秀さん。お兄様のパワーは戦国武将すら圧倒しているようだ。さすがは200cmはあろうかという長身だね。


 まぁ、なんだ。

 がんばれ光秀さん。

 私は『無理』らしいので、助けはしないけど。



『やはり本能寺……』


≪兄妹そろって丸焼きか……≫



 解せぬ。



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