第621話 夢を語る


「いや、マムシの娘がおるから警戒していたが……何とも見事な料理ではないか!」


 お腹いっぱいになってご機嫌な斯波義統さんだった。


『あぁ、なるほど。料理をひっくり返したのは「マムシの娘」を警戒していたという可能性も?』


≪毒殺されてはかなわんからな≫


「つまりすべて帰蝶が悪い、と」


 解せぬ。


 というか毒殺の危険性があったのに食べたのか。やはり意外と度胸があるのかしら義統さん?


『いえ、料理を食べるかゴーレムに殺されるかの二択でしたし』


≪両脇をあれほど巨大なゴーレムに固められていてはなぁ≫


「まだ料理を食べた方が生き残れる可能性が高いよね」


 まるで私が尾張守護(とても偉い)を脅して無理やり料理を食べさせたかのような物言いであった。解せぬ。


『その通りじゃないですか?』


≪弁明のしようもないな≫


「そんなだから友達も以下略」


 お説教を以下略するの、やめてもらえません?


 私たちがそんなやり取りをしていると、義統さんは三ちゃんと向かい合って楽しげな会話をしていた。


『楽しげというか』


≪現実逃避というか≫


「帰蝶のことを避けているというか」


 解せぬ。


 こういうとき、上司(守護)から無理やりお酒を勧められそうなものなのだけど、義統さんはそんなことをしなかった。意外と良い上司?


『直接の上司というわけではありませんし、あなたを御せる信長さんの機嫌を損ねたくないだけでは?』


 御せるって。もうちょっとこう言い方をね?


「うむうむ、三郎よ。余は感心したぞ。よくぞこのような恐ろしい――おぞましい――いや、尋常ならざる力を持つ女を御せるものよ」


 義統さんまでも『御せる』って言っちゃってるし。げ・せーぬ。


「はは、我が妻は話せば分かる――分からぬことも多いですが、なぜか上手くやっておりまする」


 ちょっと三ちゃん? ここはもうちょっと『ラブパワーっすよ!』と胸を張ってもいい場面では?


『実際、あなたの行動原理ってよく分からないですし』


≪悪党かと思えば善行を積むし、善人かと思えば他人を平気で破滅させるし。計算高いと思えばポンコツじゃし……≫


「とりあえず、お金と欲望に忠実だと理解しておけばいいんじゃないのかな?」


 投げやりな師匠の解説であった。うーん解せるー。







「仮に、」


 斯波義統さんがずいっと身を乗り出した。


「其方が守護代となったとき、この尾張をいかにする?」


「某が、で御座いますか?」


「うむ。余も大和守と心中するつもりはないのでな。それに比べて其方は美濃のマムシの娘と婚約を結び、まだ若いのにこのような立派な城を作ってみせた。――『次』は三郎、其方の時代よ」


「…………」


 守護本人からの言葉にも三ちゃんは慌てることなく、ゆっくりと頭を下げた。

 そして――


「尾張を制し、足場を固め――天下に武をきまする」




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