第79話 信長、堺を歩く
帰蝶がやらかしている最中。
信長は仲間や平手政秀、そして明智光秀を伴って堺の街を練り歩いていた。
さすがは南蛮船も立ち寄る国際港。堺の街は大いに賑わっていた。尾張の津島や熱田も人に溢れているものの、堺の規模と比べてしまうと翳んでしまう。
神社仏閣への参拝という理由もなしにこれだけの人が集まるのだから、やはり貿易港の力というのは侮れない。
「ふむ、いずれは津島や熱田もこのくらいの港にしたいものよな」
信長の呟きを可成たちが拾う。
「となると、知多半島は何としても死守しなければなりませんね」
「伊勢湾貿易の要っすからね」
「当然今川義元も手に入れようとしてくる、と」
「できれば矢作川を防衛線にしたいところですね」
「安祥城を守り切れるかどうかが今後の分かれ道ってところですかねぇ」
「でも、城代が信広様(信長の兄)だしなぁ」
「ちょっと抜けているところがあるしなぁ」
「大丈夫かなぁ」
むむむ、と頭を悩ます可成や犬千代たちだった。異母とはいえ弟である信長がいるのに容赦のない物言いである。
「…………」
「…………」
そんな愉快な仲間たち(帰蝶命名)のやり取りを平手政秀と明智光秀は驚愕の目で見つめていた。
主君の兄に対する容赦ない発言に驚いた……わけではない。
意外にも、という言い方は失礼であるが、それでも、意外と犬千代たちが今川との戦況を思考して――思考できるだけの知識を有していたためだ。
平手から見た『愉快な仲間たち』は信長の悪友であり、どうしようもない悪戯ばかりしている悪童でしかなかった。
光秀としてもここ数日の付き合いでしかないが、それでも彼らがまともな武家の人間ではないと察してしまっていた。具体的に言えばただの『かぶき者』だと思っていたのだ。
たしかに愉快な仲間たちはかぶき者であるし、世間一般的な『立派な武家の人間』でもない。
しかし、かの信長が認め、側に置いている男たちだ。その能力が並であるはずがない。
いずれは信長の親衛隊となり、城持ちとなり、領地経営に携わる未来を期待されている男たちだ。仏僧からありがたいお話を学ぶことはないが、街を歩き、民の声を聞き、いずれ自分たちが『領主』になったときのために何を成すべきかを学んでいる最中なのだ。
そんな実地での勉強の成果は順調に実を結びつつあるようで。その成果を目の当たりにした平手は今までの評価を改めるしかなかった。
(信長様も、自らのやり方で『家臣』を育てておられたか……)
感激に震える平手だった。信長の天下布武演説が効き過ぎて少々盲目的になっている気がしないでもない。
そもそも『予想外に知識があって論議できる』からといって、周りから冷ややかな目で見られるかぶき者であることに変わりはないのだが。
そんな平手の様子を知る由もなく信長が足を止めた。
「ふむ、町中は明日帰蝶とのんびり見て回るとして、だ。――隆佐。近くに河原はあるか?」
帰蝶についていった今井宗久や小西弥左衛門の代わりに堺を案内していた小西隆佐に信長が問いかけた。
「へぃ? か、河原ですか……?」
後年の堺にはすぐ近くに大和川が流れるが、この時代ではまだ付け替え工事は始まっていないので少々街から離れてしまう。
「河原でなくてもいいのだがな、貧民が集まるような場所はあるか?」
「…………」
心当たりのある隆佐は、しかしすぐに案内することはせず、この集団で一番の年長である平手政秀へと視線を向けた。どうしたものか、とその瞳が語っている。
今までの平手であれば頭ごなしに否定して叱りつけるところ。だが、天下布武の宣言を聞いた彼は『何か目的があるのだろう』と考えゆっくりと首肯してみせた。
平手の様子から物見遊山ではなさそうだと察した隆佐は一旦堺の中心部から離れ、周りを囲う堀を越えて『外』へと出ることにした。
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