Mirroring
「月城さんの近所のアパートで、住人が丸ごと行方不明だそうね?」
ある日、私が部室に入った途端、部長がそんなことを言ってきた。
「それで今日、私がその人達の行方を透視してみようと思うの」
やっぱりか。私はげんなりとした気分になる。でも他の部員も、当然、部長の側のノリの連中ばかりなんだよな。
「やりましょう、我々の力は社会に役立てるべきです!」
と声を上げたのは、代田真登美の親友でもある
「被害者を救えるのは部長だけです!」
とは、
他には、
とか、
等々、揃いも揃ってロクなのがいない。で、私を含めてこの六人が現在の部員だった。
貴志騨一成と山下沙奈はどちらも無口なので殆ど発言することもないものの、かといって部長がそういうことを言いだせば素直に従うのでブレーキ役がおらず、相変わらず悪乗りが過ぎるんだよな。
さりとて、部長かつ先輩の彼女がそう言いだしたのなら、部員かつ後輩としては逆らう訳にもいきませんか。
すると部長が、透視に必要だという、それっぽい呪文や記号が描かれたシートを広げて、その上に手をかざして目をつぶり精神集中を始めた。彼女に言わせると、このシートから受け取ったエネルギーを使って透視するのだそうだ。
それで他の部員はと言うと、そのシートにエネルギーを送り込むのが役目だった。
ほんの数か月前までは私も結構ノリノリでやってたけれども、最近はすっかり飽きていた。確かに、失せ物を見付ける以外でも、市内で起こった行方不明事件で彼女の言った通りのところから遺体が見付かったり、言った通りの地域で容疑者が逮捕されたりっていうのも何度かあったものの、それも結局はまぐれ当たりの域を出ない程度のものだった。
それでも一応、私も協力して、シートにエネルギーを送り込む(ふりをする)。それで最近思うのだ。彼女がたまたま当てたものは、ひょっとしたら私の力が影響したんじゃないかって。それが事実かどうかは知らないが、事実だとしたら彼女が現実に気付くチャンスを私が阻害してるんじゃないかとも思ったりはする。
そんなことを悶々と考えてるうちに十分ほどが経って、彼女が額に汗をにじませながら、は~っと長い息を吐いた。
「…おかしい……」
部長はそう言って首をかしげた。何がおかしいというのだろう?。私がそう思っていると。
「まったくビジョンが見えてこない。こんなこと初めて。たとえ亡くなってたとしても必ず何かのビジョンは見えてくるのに、そういうのが全然なかった。まるで全員、完全にこの宇宙そのものから消えて無くなったみたいな感じ」
ふ~んと思った。もっともらしいこと言ってるけど、ようやくそんな能力が無いってことに気付き始める予兆かな。なんてことをこの時の私は考えてた。
だけど彼女はこの時、それとは別におかしなことを言いだしたのだった。
「でも、アパートの事件とは関係ないけど、変なビジョンが見えたのよね」
首をかしげながら言う彼女に、玖島楓恋が問い掛けた。
「それはどういうビジョン?」
やれやれ。まだ続けるのか。呆れる私に構うことなく部長は答える。
「この部、私を含めて今は六人よね。なのに、私が見たビジョンでは七人いたの」
って、それは七人いた時のことを思い出しただけでは?と私は思ったが口には出さなかった。すると肥土徹が、
「この部は、ここ数年、七人だったことはありません。多い時で十五人。少ない時で五人だったことはありますが、一度に何人かが入ったり抜けたりして、七人というのはないはずです」
とか言い出した。いやいや、部員の数はそうかもしれないけど、たまたま休みとかで七人だったことぐらいあるでしょうよ。思いっ切りそう言ってやりたくてうずうずしたが、それでも私は我慢した。次期部長とかの立場はどうでもいいが、彼女らの楽しみに水を差すのも可哀想かなと思ったからだ。
「部長が見たビジョンは、いったい、何を表してるんでしょうか?」
『いや、だからそんなものどうでもいいって、ただの偶然だって』
一人心の中でツッコミまくる私を置き去りに、部員達はとにかく、部長が見たというビジョンに意味を持たせようとあれこれ推論を並べていたのだった。
しかし、結論など出るはずもなく、いつものごとく<科学では説明できない不可解な事象>ということで落ち着かせ、その日の活動は終わったのである。だが、『科学では説明できない』とか言ってるが、そもそも科学で説明しようとしてないだろう? 無意識か意識してかは知らないが、科学的な解釈から検証することを避けてるって。
まったく、これだから妄想の世界に生きてる連中は……
なんて、私もつい最近までは同じようなものだったことを棚に上げ、一人現実に気付いた者として高みから見下ろしている気分になっていたのであった。
とは言え、考えてみれば<自分だけが現実が見えている>みたいなのも、やっぱり中二病なのかもしれんけどな。
まあそれはさておき、それなりに常識ある者として皆が散らかし放題にした部室を放っても置けず、お菓子の袋や失敗した原稿を片付け始めると、山下沙奈だけは片付けを手伝ってくれていた。そういう点ではこの山下沙奈だけが<まとも>かもしれない。
そして片付けを終わらせ、最近何やら変な臭いがしてきていることもあって消臭スプレーをふりまくって部室を出た。
だが、山下沙奈を先に帰し、部室に鍵をかけて背を向けようとした瞬間、私は例えようもない違和感を感じたのだった。今さっき、私と全く同じ動きをしながら全く同じ位置に私と同時に誰かが存在したような気がしたのだ。けれど、もちろんそんなことが有り得るはずがない。私の気のせいのはずだ。
気のせいのはずなのだが……
「……」
完全下校の時間が迫り、ほぼ無人になった静かな校舎内で、私は部室に背を向けてそこを見た。廊下の突き当りにある<自然科学部>の部室の真正面。反対側の突き当りは壁になっていて、そこには大きな姿見の鏡がある。遠くの方で微かに人の声や、自動車の音などがする以外は全く音がしない校舎の中で私は、小さく私の姿が映るその鏡を見ていた。いや、見ていたはずだった。なのに。
「…!?」
次に気付いた瞬間、私は有り得ないものを見ていた。見えるはずがないものを見ていた。その時、私の目に映っていたのは、今の今まで見ていたはずの鏡ではなく、部室のドアだった。部室のドアを、校舎の反対側の突き当りから見ていたのだ。しかも私の体は、前に進むことも後ろに下がることもできなくなっていた。右にも、左にも進めない。歩く動きはできる。だが、前にも後ろに右にも左にも全く進まないのだ。部室のドアに近付くことも、遠ざかることも出来ない。全く同じ位置で足踏みしているようなものだった。
いったい何が起こっているのか?
混乱する私の横に、いつの間にか誰かが立っていた。そちらに視線を向けると、うちの中学校の制服を着た女子生徒がいた。その姿を見ると同時に、私は思い出していた。彼女は、<自然科学部>の七人目の部員、2年2組の
「月城さんも捕まったんだ…」
感情のない冷たい表情のまま、彼女はそう言った。『捕まった』…? 捕まったとはいったい…?
私がそう問い掛ける前に、彼女は語りだした。
「ここは、鏡の世界。私達は鏡の世界に閉じ込められたの。でも大丈夫、ここなら私達は永遠に今の姿のままでいられるから。お腹も減らない、トイレにも行かなくていい、どこにも行かなくて、ただここにいればいいだけなの。永遠に…」
彼女の姿を見、声を聞き、私は全てを思い出した。そう、彼女は確かに七人目の部員として<自然科学部>にいたのだ。三日前まで。にも関わらず、誰も彼女の存在を覚えていなかった。私さえも。唯一、部長が見たというビジョンにその微かな痕跡を残す以外は。
「一日目はいろいろ考えちゃうと思うけど、すぐ慣れるよ。ここでは何も考える必要もないから…」
感情も抑揚もない、硬質で平板な言葉が、ただ私に届けられていた。
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