ストレス

綾乃達がそうやって何とか日々を過ごしている間、黒い獣はひたすら周囲を見回り、使えそうなものがあれば綾乃達のところへと持ち帰った。


だが、それはあくまで<ついで>でしかなかった。黒い獣が見回っていた一番の理由……




一方、綾乃は日を追うごとにやつれていくのが目に見えて分かった。


「ママ、だいじょうぶ…?」


みほちゃんが思わずそう尋ねてしまうくらいには。


「ああ、うん。大丈夫よ。ちょっと疲れてるだけだから」


綾乃はそう応えるけれど、とても大丈夫そうには見えない。


そんな綾乃を心配していたのは、もちろんみほちゃんだけじゃなかった。エレーンもそうだし、シェリーもそうだった。


「アヤノ、ヤスンデ」


片言の日本語で、シェリーがそう声を掛けた。エレーンに教えてもらったものだった。


「ありがとう。でも大丈夫だから……」


そう応えた綾乃に、シェリーは泣きそうな顔で首を横に振った。


「大丈夫じゃない…! 大丈夫じゃないよ……! だから休んで、お願い……!」


縋るように英語でそう言ったのが、綾乃にも分かった。決して英語が堪能といういうわけじゃなくても、その程度なら綾乃にも理解できた。


「シェリー……」


目に涙をいっぱいに溜めて必死に訴えかけてくる彼女に、綾乃は戸惑いながらもほわりとした気持ちを感じていた。彼女の優しさが沁みる。


実はシェリーは、今よりもっと幼い頃に実の母親を亡くしていた。今の母親は父親の再婚相手で、血の繋がりはない。


彼女の実の母親は、生真面目で忍耐強くて思い遣りに溢れた女性だった。それに対して父親は、やや享楽的で、度の過ぎた楽天家で、そして<働き者>ではなかった。だから仕事も長続きせず、年の半分は遊んで暮らしているような男だった。


シェリーの母親の稼ぎを当てにして。


ただ、父親も、シェリーには優しかった。シェリーの母親にも優しかった。だから見捨てることもできず、夫と娘を養うために、母親は懸命に働いた。


昼となく夜となく。


けれど、そんな無理が祟ったのだろう。母親は、三十にもならないうちに心不全を起こして死んだ。元々あまり体が丈夫な方じゃなかったのも災いしたらしい。


その母親が病に倒れる寸前、今の綾乃と同じような感じだったのを、シェリーは思い出していた。


だから言った。


「アヤノ、休んで! お願いだから休んで…! でないと死んじゃう…! ママみたいにならないで……!」


必死で懇願した。これ以上、自分の周りで誰かが死ぬのを見たくなかったから。


「……分かった…、じゃあ、休ませてもらうね」


そう言って綾乃は横になった。


でも、実は体はそれほど疲れていなかった。むしろ頭がさえてしまって深く眠れない状態が続いていただけだった。


ストレスが原因だった。


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