記憶の混乱

まあ私が言うのもなんだが、人間が<幽霊>だ<妖怪>だと言ってるものの大半は、実はただの<記憶の混乱>なのだ。


恐怖に駆られたことで己の脳内にあった記憶が、強引なこじつけという形で再構成され、意味を成してしまったというのが実際のところである。


中には本当に超常の者と遭遇した事例もあるにはあるが、決してそれは多くはない。九分九厘が妄想でしかない。その現実を認めないから正しく対処できんのだというのに、人間というのは本当に愚かで可愛い生き物だよ。


だからこそ愛おしいんだがな。


と、それはさておき、己の部屋に出る<幽霊>の姿を見てしまった卓球部顧問は、激しい動悸と眩暈に襲われ、なけなしの思考力さえ奪われていった。


『ど…どうしてあいつがここに……?』


そんな思考で頭がいっぱいになっているようだが、いやいや、冷静に考えれば分かるだろう? 覚えている筈だ。以前赴任していた学校で担任していた生徒の顔ぐらい。その生徒とよく似ているんだから身内だろうとかくらいは察することもできるだろう?


恐怖に我を忘れて、冷静な思考ができなくなっているから思い出せんだけだ。しっかりしろ。お前がそんな有様で、選手に向かって、『気合いだ!』『気持ちで負けるな!』などと偉そうに言えるのか?


が、既にまともな思考力を失っているそいつでは、自力で正常な判断をすることは不可能になっていた。


そういうものだ。いくら努力だ根性だと言ったところで、それはあくまで真っ当な精神状態の時にある場合での話でしかない。正常な精神状態、思考力、判断力が失われている状態では、そもそも<根性>など何の意味もない。


努力だ根性だと言えるのは、あくまでそれを発揮できる状況を確保していればこそなのだ。


この時の卓球部顧問には、そのどれもなかった。気合いや精神力でどうにかなるレベルはとっくに過ぎていた。具体的に医学的に実効性のある対処が求められる段階だったのである。


『あいつをどうにかしないと、俺が殺される…憑り殺される……!』


正常な判断力を失い、視野狭窄に陥り、卓球部顧問の脳内はそんな思考で埋め尽くされていたようだ。


そこには、<ネットで話題の学校を冷やかしに来た私服の他校の生徒>数人がいたが、卓球部顧問の目には、その女子生徒しか映っていなかった。


「まったく……やれやれだ」


これが単純に人間同士のいざこざなら放っておいたんだが、化生絡みとなると今は放っておく気分じゃなかったんでな。


「先生、これ、落としましたよ?」


女子生徒に襲い掛かりその目にでも突き立てようとしたのだろう。そいつが手に握り締めていたボールペンを私の手の中に転送し、卓球部顧問の背後からそう声を掛けてやったのだった。


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