灼熱の生徒指導室
後日、
「一年の時はごめん…」
と頭を下げた。
「…え? ええ……っ!?」
新伊崎千晶自身がそうして頭を下げに来たことで加見淵緒琥羅も拍子抜けしたらしく、それ以降は特に絡んでこなくなった。
しかしこうなるとますます拗らせてくるのが
「どう?
放課後、日直だった為に遅れて部活に向かっていた
それだけならすぐにはピンとこなかったかも知れないが、月城こよみの言葉を受けて自分の腹を愛おしそうに撫でながら視線を落としたのを見て、
『あいつ…! 妊娠してるのか……!』
さすがに察してしまったのである。
そしてすぐに、黄三縞亜蓮が妊娠しているという噂を流したのだ。それは瞬く間に校内に広がり、当然、教師の耳にも入った。
「黄三縞、この後、職員室に来るように」
終わりのホームルームの後で、担任が、重苦しい顔でそう声を掛けてきた。この時点ではどういうことかピンと来ていなかったが、
「まさか赤ちゃんのこと…?」
と
「…あ!」
となった。
「あいた~、いよいよか~…」
体が変化してくればさすがに誤魔化し切れなくてもあと少しは猶予もあるかと思っていたのにこのタイミングでバレたとなれば、あれこれ言われる期間もそれだけ長くなってしまいそうだからと黄三縞亜蓮はげんなりとした顔をした。
両親は既に妊娠のことを知っているので連絡されたところで痛くも痒くもないものの、やはり学校側の横槍は面倒臭いというのも正直な話ではあった。
呼び出されたのは黄三縞亜蓮一人なので、月城こよみは意識を繋げるという形で同行することにした。これなら心強いだろう。
職員室に赴いた黄三縞亜蓮は、職員室に待ち構えていた担任、生徒指導担当教師、教頭の三人に連行されるようにして生徒指導室へと連れて行かれた。
何と言うか、妊娠という非常にデリケートな話をするのにデリカシーの欠片もなさそうなオッサン三人で囲むとか、どういう神経をしとるんだこいつらは。
そして案の定、オッサン教師三人による尋問の如き事情聴取が始まったのだ。
「黄三縞、お前が妊娠してるという話があるんだが、それは本当か?」
担任がまず単刀直入に訊いてくる。しかし黄三縞亜蓮の方もその辺は既に覚悟していたので、
「はい。してます」
と躊躇なく認めた。
「!?」
だが、教師らはそれを潔いとみるのではなく、悪ぶれない、自分が間違ったことをしたという自覚がないという風に捉え、苛立ちを募らせただけであった。
「黄三縞、お前は自分が何をしたのか分かっているのか!?」
ダンッ、っと乱暴に机を叩き、生徒指導の教師が怒鳴りつける。いやはや、実に分かりやすい思慮の足りない人間の姿である。怒鳴って何をするつもりなのだ? 愚か者め。
それでも、この時、黄三縞亜蓮は本人も驚くほどに落ち着いていた。頭の中で何度も繰り返した想定問答そのものの教師の対応に、自分がすごく醒めていくのさえ感じていたのだ。ただしそれは、こいつの胎の中にいるのがカハ=レルゼルブゥアだからだというのもあったのだろう。母体を守る為に、ひいては自分自身を守る為に、肉体的にも精神的にも強化してきているのだ。
「父親は誰なんだ!?」
ずけずけと踏み込んでくる教師をものともせず、冷めた目で黄三縞亜蓮が答えた。
「それ、先生方に関係ある話ですか? 私のプライベートな話ですよ。心配なさらなくても私はもう、この子を産む為の準備も産んでからの準備も整えています。
ついでですから進路についても申し上げておきますが、私は進学はしません。当面は結婚もしません。未婚の母として、この子を育てていきます。その為の準備はもう整ってます。何も問題はありません」
淡々と、理路整然と、顔を真っ赤にして感情を昂らせた教師共よりはよほど大人な物言いで、黄三縞亜蓮はきっぱりと宣言した。その器の違いを素直に認められるほどの器がこの教師共にあればよかったのだが、残念ながらこいつらにはそれは望むべくもなかったようだ。
「お前、どれだけ世の中を舐めきってるんだ!? お前みたいな子供が赤ん坊なんか育てられるわけがないだろうが!!」
と食って掛かる担任に対し、
「失礼ですけど、私、皆さん方よりよほど財力はありますよ? 先生は家庭訪問もしたからご存知ですよね、私の家。あれは私の収入で建てたものです。キャッシュでね」
と、決して見下すような視線ではなかったのだが非常に冷静で穏やかに言ったのだった。
が、人間という生き物は、特に男という生き物は、自分の甲斐性というものを他人より下に見られることをひどく嫌う傾向にある。ましてやそれが自分が担任をしている中学生の小娘相手より下と見られたとなると、もう冷静ではいられなかったようだ。
「ふざけるな!!」
まっとうな言葉で返すこともできず、およそ自分の半分くらいしかない体格の少女に対し、担任は渾身の力を込めた平手をその頬に叩き付けていた。
『ああ、ダメだなこいつ。下らない理由でDVをやらかすタイプだ』
などと私は呆れていただけだが、月城こよみは違っていた。
「ヤバイ!!」
叫ぶと同時に生徒指導室の空間を閉じ、自分は自然科学部の部室を飛び出して生徒指導室に向けて走った。
「くそっ!」
その後を追って、
「月城さん! 肥土くん!?」
事情が分からず思わず声を上げる
「あ、大丈夫だよ。忘れ物を思い出しただけだから」
とフォローする。なぜ忘れものだと分かったのかという点についはここでは突っ込まずにおこう。代田真登美も、
「そうなんだ」
と納得して気付かなかったしな。
まあそれはさて置き、生徒指導室に駆け込んだ月城こよみと肥土透が目にしたのは、その場にある全てのものが真っ赤に染まって形を失った空間だった。
「な…!」
凄まじい高熱であらゆるものがドロドロに溶け、そこにいた筈の三人の教師の姿はどこにもなかった。骨すら燃え尽きて混ざってしまったのだ。
そこに、黄三縞亜蓮は立ち尽くしていた。
さすがに服までは気が回らなかったのか一糸まとわぬ姿で、本人の意識はなく、完全にカハ=レルゼルブゥアの支配下にあった。
しかし、月城こよみと肥土透の姿を確認した途端、がくりと倒れ伏した。ドロドロに溶けた床に倒れても、その体は燃え上がったりはしなかった。まあ、今はカハ=レルゼルブゥアと一体化してるのだから当然だが。
この時、生徒指導室の中の温度は数千度だっただろう。
「く…う……!」
金属すら沸騰し蒸気になる熱気を浴びて月城こよみと肥土透の体も燃え上がるが、二人はそれでも中へと入って黄三縞亜蓮を抱き上げ外へと連れだした。
それから月城こよみが巻き戻しを始める。まずは自分達の体と黄三縞亜蓮の服だ。その後、生徒指導室の巻き戻しを始めるが、数千度にまで温度を上げるほどの途方もないエネルギーを巻き戻すのはさすがに容易ではなかった。
その場の熱エネルギーを、巻き戻しに使うエネルギーそのものに変換することを思い付いて実行したが、エネルギーの変換にもエネルギーを消費するので、どうしても自分自身も消耗してしまう。
「む…う、うぅ……!」
「いけるか? 月城…!」
「…なん…とか……」
仕方なく肥土透からもエネルギーを分けてもらい、どうにかすべての巻き戻しを終えた時、月城こよみは意識を失ってしまったのだった。
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