Murder case
エヴィヌァホゥァハ。それが、
だが今回の場合は、少々三人の負の感情が大きく膨れ上がった所為で力を持ってしまったのである。本体を操り、凶行に及ぼさせる位のことはできるようになってしまっているようだった。さすがにここまでくると事態は大きくなってしまう。私は別にそれでも構わないが、月城こよみとしては放っておけないのだろう。お人好しな奴だ。
昼休み、言われた通りに視聴覚教室に赴き、三人と対峙する。野次馬としてついてこようとしていた連中もいたが、それは月城こよみが認識阻害によって追い返した。自分が何をしようとしていたかを認識できないようにしたのである。しかも視聴覚教室そのものを外界から閉ざし、今は完全にこの四人だけの空間となった。
「で、私に何の用? 赤島出さん」
前置きなど必要ないとばかり、月城こよみは三人を躊躇なく見下すような目で言った。
その瞬間、三人の顔が紅潮する。一番激しく反応したのは赤島出姫織だった。
「な、なんですってぇ!!? 月城さん、あなた何様のつもり!?」
頭のてっぺんが破れてそこから漏れてるかのような金切り声が、視聴覚教室内の空気を震わせた。しかしそれを意にも介さぬように月城こよみは右手の指を額に当て、顔を半分隠すかのようにしてポーズを決めつつ吐き捨てるように言うのだった。
「あれが私の本来の実力よ。今まではあなた達のレベルに合わせて遊んであげてただけなの。でももう飽きちゃった。これからは好きにやらせてもらうから、よろしくね」
それは、相手を蔑み嘲笑し見下していることを隠そうともしない、尊大極まりない言葉だった。見る者全ての敵愾心を駆り立てずにはいられない、不遜以外の何物でもない侮蔑の悪態そのものだった。
その瞬間、赤島出姫織の中で何かが爆発した。目には見えないし音にも聞こえないが、確かに何かが爆発したのだ。月城こよみを睨み付けるその眼は既に理性など微塵も感じられなかった。激しい感情の激流が、その体を突き動かしてるのが分かる。机を跳ね飛ばしながら一直線に赤島出姫織の体が奔る。まっすぐに伸ばされた両手が躊躇なく月城こよみの首を捉え、その場に押し倒した。
床に月城こよみの体を押し付け馬乗りになり、その首に体重をかける。見る間に月城こよみの顔が真っ赤に鬱血した。だが、赤島出姫織は力を緩めようとはしなかった。緩めるどころか、どこにそんな力があるのかというくらいの恐ろしい力が、その両手には込められていた。
とっくに呼吸は止まり、真っ赤だった顔はどす黒く変化していく。口からは泡が漏れていた。誰が見ても危険な状態だった。なのに止める気配はない。
赤島出姫織は、渾身の力を込めて月城こよみの首を絞めた。己の中の衝動のありったけを使って絞めた。その手を振りほどこうともがく動きが止まるまで絞め続けた。
赤黒く染まった月城こよみの顔がやがて土気色に変わり、明らかに生きた人間の顔ではなくなり、そして全ての力が体から消え失せた。漏れ出した小便がスカートを濡らし、床に広がっていく。こうして月城こよみの肉体は、人間としての死を迎えたのだった。
自分が絞めていたその首から抵抗しようとする力が失われてようやく、赤島出姫織の脳は再び思考を開始した。
「…え…? 死ん…だ……?」
自分の前にあるそれが人間ではなくなってしまったことを、赤島出姫織の脳は認識した。ゆっくりと体を起こし、まるで出来の悪いロボットのようにぎこちなく碧空寺由紀嘉と黄三縞亜蓮の方に振り返る。
「私…殺しちゃったの…?」
呆然と自分達を見る赤島出姫織にそう問われ、碧空寺由紀嘉と黄三縞亜蓮はガタガタと震えながら首を横に振った。それは問い掛けに対する答えではなかった。目の前の現実を認めたくなくて必死に拒もうとする仕草だった。
「し、知らない…私達は関係ないから…」
そう言いながら、二人は出入り口へと後ずさっていく。それに追い縋るかのように赤島出姫織は手を差し出し、言った。
「関係ないって…何言ってんの、私達…友達だよね…?」
自分がやってしまったことの罪の重さに耐え切れず、それを分かち合って欲しいという意味での友達だというのはすぐに分かったのだろう、碧空寺由紀嘉も黄三縞亜蓮も首を横に振りながらなおも後ずさった。
「知らない知らない! 人殺しの友達なんて要るわけないでしょ…! 私達、何もやってないから…あなたが勝手にやったんだから…!」
碧空寺由紀嘉がそう言った時、黄三縞亜蓮が「ひっ…!」っとひきつるような悲鳴を上げた。それに気付いた碧空寺由紀嘉の顔もさらに青褪めていく。
「あ…あ、う…あ、あ……」
もう言葉にならない声を漏らすだけの二人がガクガクと震える手で指をさす。それにつられて後ろを振り返った赤島出姫織の顔は、蒼白どころか無機的ですらあった。三人はそこに、有り得ないものを見てしまったのだ。
「あ~、死ぬのってこんなに大変なんだ。でも何か思った程じゃなかった気もするのは、力のおかげかな」
この場の空気にはあまりにそぐわない、緊張感や重苦しさとはまるで無縁な呑気な声が空間を叩いた。
「月城さん…何で…?」
そう声を漏らしながら月城こよみを見詰める赤島出姫織の顔に張り付いていたのは、恐怖と安堵が入り混じった異様な表情だった。涙と鼻水と涎がこぼれ、恐ろしく醜かった。それを見て、絞められた首をさすりながら月城こよみが問い掛ける。
「どう? 私を殺してみて気が済んだ?」
その言葉に、赤島出姫織はぎこちなく首を横に振った。それが精一杯のようだった。
「じゃあ、私が生きててほっとした?」
その問い掛けには、首を縦に振る。
「だったらそれが答えだよね。あなた達のしてたことは、その程度の覚悟も持てないことなんだよ。あなた達の人生を懸けてまですることじゃなかったってこと。よく分かったでしょ? だったらもうやらないでね」
そう言われた途端、三人はその場にヘナヘナと座り込んでしまった。腰が抜けたらしい。しかも赤島出姫織の腰の辺りから水たまりが床に広がっていく。小便を漏らしたのだ。死んだ人間が生き返ったという恐怖の後に、殺してしまったと思った相手が生きてたことにほっとしたことが重なって、力が抜けてしまったのだろう。
その三人の頭をポンポンポンと月城こよみが軽く叩いていく。三人に憑いていたエヴィヌァホゥァハを喰ったのだ。すると三人の顔が、まるで憑き物が落ちたような、いや、実際に憑き物が落ちたのだから当然なのだが、全く印象の違うものへと変わったのだった。いかにも陰湿で妬み嫉みの感情をそのまま形にしたような顔つきだったものが、あどけない子供のそれになっていた。
「じゃ、私、先に帰ってるから、後はお願いね」
閉ざしていた空間を元に戻し、視聴覚教室の扉を開けて月城こよみは元の教室へと歩き出した。
『しかし随分と無茶をしたものだな』
相手を挑発しわざと自分を殺させるなど、よくまあそんなことができたものだ。さすが私と言うべきか。
『だって私はあなただよ? あなたがやってることをやっただけだよ』
それは、中二病をこじらせただけの女子中学生の言葉ではなかった。実際に超常の力を得、それを使いこなす超越者の言葉であった。
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