ケベロ=スヴラケニヌ

「あ…あぁ、そんなぁ……」


月城こよみがイヤイヤをするように頭を振りながら顔を覆い、体を震わせた。


「待ってて、今巻き戻すから…!」


そう言って母子らしき二人に手を差し伸べようとするのを、私は制する。


「愚か者! ここで巻き戻したところでどうなる? また凍えて死ぬだけだ! 先に奴をなんとかせんとな!!」


窓の外には、ケベロ=スヴラケニヌの体の一部だけが見えていた。近すぎて全体が見えんのだ。


「そ…か、そうだよね…」


私の言葉を受けて、月城こよみは拳を握り締め、キッと視線を上げた。そんな月城こよみに、私の髪を一本、植え付ける。


「これは…?」


「私の力の一部をお前に貸し与える。お前は元々私の力の一部を持っているから、力の作用が他の奴らとは違う。並の人間なら私の力が加算されるだけだが、お前の場合は少なくとも力が二乗される。それでも奴には勝てんだろうが、無いよりはマシだろう」


「…ああ、そうか、分かるよ。力がすごく溢れてくる…!」


その時、何かがここに凄まじいスピードで迫ってくるのが分かった、壁を切り裂き、黒い何かが飛び込んでくる。それを月城こよみは髪の刃で受け止めた。シャノォネリクェだった。毎秒数万回転するそいつとの間で、激しい火花が飛び散る。並の人間では耐えられないであろう、ギイィィィンという衝撃のような金属音が響き渡った。だがそんな奴の回転の中心を月城こよみは正確に髪の刃で薙いだ。


亀裂の入った体が自らの回転の遠心力に耐え切れずにバキィィィンと音を立てて弾ける。その破片も完全に拒絶し、月城こよみは私を見た。


「取り敢えず、あいつをやっつければいいんだね?」


「そういうことだ。だが、お前では奴には勝てん、お前は奴が連れている連中の相手をしていればいい。一匹一匹は今のお前なら問題ない筈だが、数が多い。油断はするな」


「分かった…!」


頷いた月城こよみを伴い、私は窓から空中へと躍り出た。その前に、全高二千メートルは越えているであろうケベロ=スヴラケニヌの姿があった。その周りを飛び交っていたシャノォネリクェ共が一斉にこちらに飛び掛かってくる。


「あなた達の相手はこの私よ!」


髪を翼と何本もの刃に変え、両手両足にも巨大な鉤爪を備えた月城こよみが私の前に出る。シャノォネリクェ共を任せて私は更に上空へと飛び上がった。


痩せこけた巨人のような姿をしたケベロ=スヴラケニヌと対峙し、私は言った。


「久しぶりじゃないか。相変わらず人間を攫う以外は冷気を操るだけか? 図体ばかりの木偶の坊め!」


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