白トカゲの王子様
確かに、以前のいかにも目立たないインドア派の内向的オタク男子中学生だったその風貌が、凛々しく精悍な男のそれになっていたのだからそう思われない方がおかしいのだろう。しかも体育などで着替える際に見えたその体は、とても中学生とは思えないくらいに引き締まった筋肉質な体をしていた。
もっとも、それも当然のことだがな。エニュラビルヌの肉体は、人間のそれとは比較するのも馬鹿馬鹿しくなるほどに高性能だ。いくら人間の体に擬態したところで元々の性能は失われん。
だがその事情を知らん人間は、肥土透の変貌ぶりに呆然とするだけだった。しかし中にはそれに目をつける奴もいる。いかにもアスリート然としたその肉体にまず目をつけたのは、肥土透の同級生でレスリング部の
「なあ肥土、お前、最近すげえ鍛えてるみたいだな。どんなトレーニングしたらそんな体になるんだよ?」
しかし肥土透自身は当然何もしてないのだから、「いや、別に…」としか答えられなかった。それに対し古塩貴生がなおも絡む。
「別にってことないだろ? なあ、教えろよ」
肥土透は、元々、古塩貴生のことを嫌っていた。自分が少しばかり鍛えていて強いからとそれを鼻にかけて横柄な態度をとってくる、実に分かりやすい嫌な奴だったからだ。だから、古塩貴生が肥土透の腕を取って関節を極めようとしたその瞬間に、少々強引にそれを振りほどこうとしてしまったのだった。
すると古塩貴生の体がまるで人形のように宙を舞い、ロッカーに叩き付けられた。
その場にいた生徒は全員、その信じられない光景に息を呑んだ。片腕一本で、しかも関節を極められようとしてた腕を振り回しただけで人間の体がくるりと一回転したのである。まるでアニメでも見ているかのような現実感の無さだった。
ただ、客観的に見ていた者はとんでもないことが起きたと理解できたのだが、当事者である古塩貴生は逆に自分に何が起こったのか理解できず、単に頭に血を上らせただけだった。
「っのぉ! 何しやがるオタク野郎!!」
掴みかかる古塩貴生の両手を逆に掴み返し、動きを止めようと肥土透が少しだけ力を入れると、
「っっいっっでぇぇええぇ!!」
と悲鳴とも絶叫ともつかない声を上げて古塩貴生はヘナヘナとその場に膝をついてしまったのだった。幸い、骨には異常はなかったが、古塩貴生の両手首にはくっきりと肥土透の手の形に痣が残ってしまった。
この一件以来、肥土透に対する周囲の見る目はさらに変わった。まるでヒーローを見るかのように憧れの眼差しを向ける者もいるかと思えば、冴えないオタク少年が細マッチョなイケメンに変貌したことにあからさまな嫉妬の目を向ける者もいた。それ以外は基本的にただの好奇の目と言えるだろう。
ただし、恥をかかされた形となった古塩貴生は、紛れもない憎悪の目を向けるようになっていたのだが。
とまあ、これが私が肥土透から聞かされた話の概要だ。
「で? それを私に話してどうするつもりだ?」
昨日と同じく私の家に集まった、月城こよみ、肥土透、
肥土透が言う。
「で、だから、こういう場合はどうあしらったらいいのかと、人外の先輩であるクォ=ヨ=ムイさんにアドバイスをいただこうと…」
だと? 何をぬけぬけと……私がそんなくだらんことにアドバイスなどするとでも思っているのか? このミドリムシどもが!!
「知るか! 自分で好きにやれ! 腕をへし折ろうが首を捻じ切ろうが勝手にすればいいだろうが。今の貴様なら軍隊相手でもいい勝負ができる筈だからな!」
そう言ってやったが、肥土透は困ったような顔をしただけだった。
「え~? それじゃ困るから聞いてるんですけど? クォ=ヨ=ムイさんだって別にいつもいつもそんなことしてる訳じゃないですよね? そんなことしてたらとっくに人間は滅んでる筈ですから」
あ? 言うじゃないか。確かに私は楽しむ為に手加減している。この星の恐竜とかいう連中を小惑星の衝突で滅ぼしてやったりしたのは少々大人げなかったとは思ってる。だが、私が人間を滅ぼさないのはあくまでただの気紛れだ。そうしたいとか思ってる訳じゃないぞ。
「え~い! 面倒臭いことを言う奴は帰れ帰れ!」
三人まとめて蹴り出してやって、ドアを閉めた。まったく、舐めくさりおって…! ニヤニヤと笑いながら私を見てた石脇佑香には、髪を刃に変えて突き立ててやった。と言っても単にディスプレイが破壊されただけだが。
私の家を追い出された後、しかし肥土透は思案に暮れていた。本当にどうするべきか困っていたのだ。力でねじ伏せてもいいが、しかしただの人間相手にそれでは逆に自分が弱い者虐めをすることになってしまう。騒ぎにならない程度に力の差を見せ付けて黙らせたいと思うのだが、今までそんなことをしたことも無いからどこまでやればいいのか見当もつかないのだった。
「私が、不良グループとやり合ってたヴィシャネヒルを倒した時のとは事情が違うもんね。ホント、どうすればいいんだろう?」
月城こよみも怪物相手ならある程度は慣れてきていても、完全な人間相手のいざこざについては、例のイジメっ子三人組の件も含めてあまり詳しくはなかったのだった。あの時は三人にエヴィヌァホゥァハが憑いていた為にそれを始末しなきゃならなかったから、結果として敢えて自分を殺させるという少々乱暴なやり方をしただけだからな。
「そうですね…」
と相槌を打つ山下沙奈にしても、ゲベルクライヒナにより自分の母親や母親の内縁の夫及び客の男を切り刻み殺した件は、本人は正気を失っただけで実行したのはゲベルクライヒナであり、しかもその後始末をしたのは私だから山下沙奈自身は殆ど何もしていない。
結局こいつらにはその種のノウハウが全くないのだった。
だが三人がそうやって途方に暮れてるところに、声を掛けてくる者がいた。
「あの、肥土君…?」
その声に三人が振り向くと、そこにいたのは一人の女子生徒だった。その顔を見た月城こよみが思わず声を漏らした。
「
そう、それは、月城こよみが関わったイジメっ子三人組事件の当事者の一人、
しかし、この時の黄三縞亜蓮は、月城こよみのことも山下沙奈のことも目に入っていないかのように肥土透のことだけを見ていた。肥土透だけを真っ直ぐに見詰めるその瞳は、それでいてどこか傍から見ている者にとっては違和感を感じさせるものだった。はっきり言えば、正気を失っている者の目だ。そして黄三縞亜蓮は蕩けるような口ぶりで、言葉をこぼれさせた。
「肥土君…抱いてください…」
「はあ!?」と呆気にとられる三人の前で、黄三縞亜蓮が制服のリボンをほどきだしたのであった。
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