神の二面性

圧倒的な力の差を見せ付けられ、存在そのものの奥底にまで恐怖を受け付けられても、月城こよみはなおも私を睨み付けた。まあ、元はと言えばこいつも私の一部だったのだから、さすがと言えばさすがだが。


しかし突然、張り詰めていたものが切れるようにその表情が崩れ、幼児のように泣き出した。


「バカぁ…残りカスってなによぉ…彼女だってあなたでしょ…? 残りカスとかヒドイよぉ……」


その姿はまるで、自分の親を馬鹿にされて悔しくて泣きじゃくる幼子だった。いや、実際、こいつにとってあいつは親のように大切な存在になっていたらしいがな。内心では自分のことを疎ましく思っている実の親よりもよっぽど大切な存在にな。


「お…おい、月城……」


突然の涙に肥土透が狼狽える。床に座り込んで泣く小さな子をあやすかのように体を支えて起こし、椅子を引いてそこに座らせようとしていた。こいつの蛮勇の所為でお前も殺されかけたというのに大した度量だ。僅かな間に随分と紳士になったじゃないか、肥土透。


だが、私にとってはどうでもいい話だ、このクォ=ヨ=ムイには慈悲も同情もない。牙を剥く者は容赦なく捻り潰す。牙を向けるように仕向けた者も容赦なく捻り潰す。その巻き添えになり人間が何人死のうと気にも留めぬ。それが私だ。忘れるな。


肥土透に背中を撫でられながら椅子に座り直す月城こよみを睥睨へいげいし、私は改めて告げた。


「これが私の力だ。貴様など私の前ではゾウリムシの糞以下だ。身の程をわきまえろ。お前が自分を巻き戻せなかったのも、私がそれを阻害していたからだ。お前の力は元々私のものだ。借り物の力で本来の主に刃を向けるなど、笑止千万。分かったか?」


「……」


さすがに肥土透は力の差を思い知っているのか私には反抗的な態度を見せないものの、月城こよみに対してはかなり同情的になっていた。いくらエニュラビルヌの体になったとはいえそのメンタリティはほぼ人間のままということか。その一方で、石脇佑香いしわきゆうかはやれやれといった風に肩を竦め首を振っていた。こいつの方はもう既に人間としてのメンタリティはほぼ失われているということだ。感覚がすっかり私側のそれになっているのだ。


そんな私達の前で泣きじゃくる月城こよみの姿はとても小さく見えた。この中ではこいつが最も普通の人間だからな。しかしそれを眺めていると、何かよく分からない居心地の悪さもあった。それがどうにも気に障り、そして私は言った。


「まあ…お前の本体の方も確かに私なのだから、残りカスというのは適切ではなかったかも知れん。それは訂正しよう」


その言葉を耳にした瞬間、月城こよみがハッと顔を上げた。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったそこに、自らに<破邪眼の美少女>などというキャッチコピーを付けていた中二病患者の面影などまるでなかった。私は続けた。


「だが、勘違いするなよ? これは慈悲でも同情でもない。お前の本体は紛れもなく私なのだという事実を適正に評価しただけにすぎん。そこは間違えるな」


ぎろりと睨み付ける私に、しかし月城こよみは嬉しそうだった。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔のままで嬉しそうに笑い、言った。


「分かってる。でもよかった…あなたもやっぱりクォ=ヨ=ムイなんだね……」


ふん、どうとでも言え。だがいずれにせよ、これで互いの立場というものは確認出来た筈だ。そして私は吐き捨てるように命じた。


「まあいい。今日のところはもうお前達に用はない。さっさと帰れ」


犬を追い払うようにしっしっと手を振る私を見ても、月城こよみは笑っていた。


「うん、分かった。肥土君、帰ろ」


そう言いながら自身の顔を手で覆って離すと、涙の痕も鼻水もきれいさっぱり消えていた。力を使って消したのだ。つまらん使い方をするが、こういう細かい近い方ができるのは、十分に制御ができている証拠だろう。強さは私に比べるべくもなくても、完全に馴染んでるということだな。


「じゃ、また明日、学校でね」


『今泣いたカラスがもう笑った』とはこのことか。あれほどボロボロに泣いていたとは思えん笑顔で月城こよみはそう言いながら帰っていった。それにつき合わされた肥土透の困惑ぶりはなかなか愉快だった。


一人リビングに残った私に、石脇佑香が話し掛けてくる。


「クォ=ヨ=ムイさんってやっぱりツンデレですね~。素敵です」


あ? ふざけてるのか貴様? あまり調子に乗ってると、この地球のネットワークごと電磁パルスで焼き切るぞ? お前達人間が研究してるとかいう高高度核爆発みたいな猫の屁程度のものじゃない。電気を通すものならすべて一瞬で溶解するほどのレベルをお見舞いしてやる。お望みならな。


睨み付けた私に向かって手を振りながら、


「やだな~、そんなに怖い顔しないでくださいよ~。アデュー」


と、さほど怯えてるでもない様子で石脇佑香は言い、そして姿を消した。アプリケーションを終了させたのだ。こいつにも分かっていたのだろう。実は電磁パルスではこいつ自身は消せないことに。何しろこいつは、鏡の表面。ガラスの部分に、人間の目では確認出来ない組成変化として焼き付けられたデータなのだから。ネットワークを失ってもこいつは消えない。


しかも、こいつ自身は宇宙のあらゆる事象をデータとして保存することを至上の悦びとしている変態種族が管理する書庫にも既に書き込まれているから、その気になればそこからいくらでも復元できるのである。さすがの私でも、奴らの書庫にちょっかいをかけることはできない。いかなる存在からも干渉を受けないように仕掛けられているし、さらにそんなことをしようとすれば奴らの書庫を利用してる存在全てを敵に回すことになる。そこまでいってしまうともはや楽しくない。


ただ、ネットワーク及び地球の文明が失われるということはこいつにとっての一番の楽しみであるアニメの視聴と実況ができなくなるということだから、そんなことをされてはたまらないというだけのことなのだった。


だが、厳密に言うと、奴らの書庫に書き込まれた石脇佑香と鏡に焼き付けられた石脇佑香とは、もう既に完全な別の存在と言ってもいいくらいに乖離してしまっているはずだ。あくまでデータとしてではあるが肉体そのものさえ再現可能な書庫の環境に比べ、肉体までは再現できない程度の環境であるが故にその感覚を失ってしまったこちらの石脇佑香とでは、同一性を図ることさえ無理なのである。こちらの石脇佑香に比べれば、書庫の中の石脇佑香はまだ限りなく人間のままに近いだろう。


そちらの石脇佑香がどんな生活をしているか? おそらくは様々な種族が暮らす街で、平穏に暮らしているに違いない。極めて多種多様な存在がいるから、大切にしてくれる奴もいる筈だ。こちらの石脇佑香とは別の形で、穏やかに過ごしていると思われる。そこでは大きな争いや諍いは生じないからな。


詳しいことを確認しようと思えば、私も既にその書庫に記録されているから、その私と同期して石脇佑香の様子を見ればいいのだが、別にそんなことをしてやる義理も無いからしない。


ちなみに奴らの書庫の中で私が力を振るおうとしても、書庫に悪影響を及ぼすような力はエミュレートされないから、ただのマジックショーのようになってしまうのだった。その代わり、書庫にあるデータはその私を通じて利用することができる。それが書庫に記録されたデータを利用する手段となっているのである。もっとも、私には用のないものだがな。


おっと、話が逸れたな。とにかく私の新しい遊びが始まったのだ。精々楽しませてくれよな。人間よ。


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