日守vs月城
施設側から寄り道等は禁止と言われていることを気にしている山下沙奈は先に帰らせて、私・
その様子は普通に中学生の友人が家に遊びに来たかのようにも見えたが、しかし月城こよみだけは私に対する不信感を隠そうともしなかった。私がこうして人間のふりをしていることがよっぽど気に入らんらしい。学校で幽霊のごとく人目につかんようにしていればよかったらしいがな。
「まあとにかく、あんたが普通の生活をしてるみたいのがちょっと安心したけどさ」
じろりと睨み付ける視線を受け流しつつ、私は冷蔵庫からペットボトルのミネラルウォーターを取り出し、二人の前に置く。それを躊躇いなく手に取り蓋を開けて飲む月城こよみの様子を、肥土透が呆れた様子で見ていた。
「お前、ついさっきクォ=ヨ=ムイさんのこと信用しないとか言ってたのに、出されたペットボトルをよくそんなすぐに飲めるな」
肥土透にそう言われて、月城こよみがあっという顔をして動きを止めた。まったく。肥土透の言う通りだ。何か細工でもされてたらどうするつもりだ。
無論、私がそんな小細工をしなきゃならん理由はミジンコの毛ほどもない。どうにかするつもりがあるならとっくにしている。という以前に、私がお前らなどまともに相手をするとでも思っているのか?
だがさすがに元・私の一部、すぐにそのことに気付いたように憎々しげに言った。
「大丈夫よ。こいつはそういう小細工はしないから。やるなら私達じゃ絶対に勝てないってことを思い知らせる為に正面から潰しに来るでしょ」
なるほど正解だ。しかし肥土透は月城こよみほど私を知らんからか、「そういうものなのか?」と少々懐疑的だった。
もっとも、月城こよみの疑念はそういう部分ではないことも私には分かっている。しかもこいつが怒っているのは、お前の為でもあるんだぞ、肥土透。
私がお前や石脇佑香をきちんと巻き戻さなかったことが不信感の基になっているのだからな。<スーパーケモケモ大戦ブラックΣ>の一件等の時には表面上は私に協力もしたものの、あの時点では波風を立てたくなかっただけで本心からではない。
が、もう一人の当事者である石脇佑香も呑気なものだった。
「月城さんは真面目だよね~。もっと気楽にいこうよ。私達は人間じゃないんだもん。人間の価値観に縛られる必要ないんだよ?」
確かに、石脇佑香に至っては既に人間としての肉体すらない。一応は人間としての実体も持つ私達と違って完全に人間であるが故の縛りは失われてしまっているのだ。人間としての権利も失った代わりに、制約も義務もないのである。権利などで守られなくてもこいつはもう自分の力で好き勝手できるというのが現実だ。その気になれば、ネットワークで繋がった今の人間社会の全てを掌握することだって出来るのだから。元のデータは鏡の表面に書き込まれたものだが、そのコピーは無限に増殖しネットワークを侵食し、こいつ自身はもはやネットワークそのものと一体化してると言ってもいいだろう。
そう、実質、今の地球のネットワークは既にこいつの支配下にあるのだ。こいつの気分一つでネットワークを人間の支配から切り離して何もできなくすることだって可能なのである。その気になれば物理的に切り離されているシステムにさえ電波に乗って侵入し支配することも可能だ。実際、スタンドアローンの原子力発電所のシステムでさえ掌握することもできてしまう。そしてこいつは夏休みにそれを実行した。
人間を滅ぼせばアニメが見られなくなることに気付いて中断したがな。
それ以来、人間を滅ぼすだのなんだのいう話には興味が失せたらしく、現在は基本的にアニメを楽しみにしてるだけの無害な存在ではある。
そんな石脇佑香に月城こよみが噛み付いた。
「あなたは逆にこいつに毒され過ぎだよ! あと、私はちゃんと人間だから!」
石脇佑香は「え~?」と全く気にもしてなかったが、私としては少し調子に乗ってるなと感じたりもしたのだった。だから言ってやったのだ。
「月城こよみ、確かにお前は人間だ。<私の残りカス>の力が少しばかり使えるだけのな。だが、だからこそ身の程をわきまえるべきだ」
その私の言葉がきっかけだった。こいつの中の私に対する感情のスイッチがはっきりと押されてしまったようだ。
「残りカス……?」
ギリッと奥歯を鳴らして、どす黒い炎が揺らめくような目で私を睨み付けてくる。
「残りカスだって…!? じゃあ、その残りカスの力、見せてあげようか…!?」
月城こよみの髪が音もなく形を変え、何本もの鋭い刃に変化していく。その体からも、凄まじい力が蓄えられているのが感じ取れた。だが私は
「ははは! 貴様ごときがこの私に歯向かうか?
いいだろう。この家の空間は常に閉じている。私が意図しなければ入ることも出ることもできんしどれほど力をふるおうとも外に影響は無い。存分にやり合えるぞ、ああ!?」
私の方も楽しくなってしまってそうは言ったが、月城こよみが何を怒っているのかは分かっていた。こいつの本体であったもう一人の私のことを『残りカス』と侮辱されたことに憤っているのだろう。だが残りカスが残りカスなのは事実だ。それに何より人間風情がこの私に牙を剥くなど許される筈がなかろう。
ビリビリと震えそうなほどに私と月城こよみとの間の空気が緊張していくところに、割って入る者がいた。
「ちょっと待て! 落ち着けよ月城! クォ=ヨ=ムイさんも人間相手にムキにならないでくださいよ!」
肥土透だった。私達の争いに少々巻き込まれても大丈夫とは言え、よくやる。本気で私達を止めようとしてるのが感じ取れて、私は興が削がれてしまったのだった。しかし月城こよみの方はそうではなかった。今にも弾けそうなほど緊張感が高まったところで突然私がそれを解いたことで高めた力が一気に溢れてしまったようだった。
立ち塞がった肥土透の体を躱し、月城こよみの刃が私目がけて奔った。ふん、この愚か者めが!
月城こよみのそれが私に届くよりも早く私も腰まで伸ばしまとめた髪を巨大な刃に変えて、テーブルごとその場にいた者全てを薙ぎ払った。月城こよみが作った脆弱な刃など、紙よりももろい。私達を止めようとした肥土透も巻き添えに、二人の体が両断されてリビングダイニングの床を転がった。そこが瞬く間に血の海になり、二人の体からこぼれだした内臓が流れるようにゆっくりと動いた。
「あ…、うあ…、あ……」
もはや言葉にならぬ呻き声を漏らし私を見詰める月城こよみに、私は言った。
「だから身の程をわきまえろと、言外に何度も警告した筈だがな。多少力が使えようとも今のお前はクォ=ヨ=ムイではない。ただの人間だ。それが私にかすり傷でも負わせられると思ったか? あ?」
既に目も殆ど見えてないであろうその頭を掴んで持ち上げ、狂悦の笑みを浮かべつつその存在そのものに私への恐怖を植え付けるように諭してやった。このところ少々馴れ合いが過ぎたのでな。ここらで再度引き締めてやらねばならん。
「力の差を思い知ったか? 人間が!」
そして私は、全てを巻き戻した。月城こよみの体も、肥土透の体も、一緒に薙ぎ払った椅子やテーブルも全て。ただし、記憶だけは残しておいてやった。なに、サービスだ。有難く受け取っておけ。
「……」
言葉にならない恐怖の表情で私を見付める月城こよみと肥土透の姿が、たまらなかった。たまらなく楽しくて仕方なくて笑いがこぼれた。
ああ、愉悦愉悦。
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