怒髪天

そんな私の影の一人、藤波沙代里ふじなみさよりは、かつての自分の生家を訪れていた。


「……」


自分の部屋でプロレスの技の練習をしていて首の骨を折って死ぬなどという最期を迎えた娘を持った両親は、今も娘の部屋をそのままにしていた。他にも姉弟がいたからそちらの為にいつまでも落ち込んではいられなかったが、娘のことを忘れたことなどなかった。


庭に倒れ伏したそんな両親の無残な亡骸に、藤波沙代里は怒髪天を衝く勢いで猛り狂い、


「うぉぉおぉおおぉぉおぉぉぉーっっ!!」


と吠えた。たまたまその場にいたヴィシャネヒルに容赦ないベアナックルの嵐をお見舞いし、高速サイドスープレックスでアスファルトの地面へと叩き付ける。


同じようにやはり生家に向かった市野正一いちのしょういちだったが、こちらは既に両親は他界しており、生家も取り壊されてマンションとなっていた。


「…ごめん……」


もう三十年以上前のことだから仕方がないとはいえ、つまらないことで両親よりも先に死んだ愚かな息子であったことを悔やみ、その悔しさを化生共にぶつけることとなった。


また、白小夏パクシャオシャは、息子が中華街でレストランをやっている筈だったので行ってみたが、もちろんそこも地獄絵図だった。


「ああ……」


息子も孫も化生に食われ、既に人間の形をしていなかった。人間の死体など見慣れていたし自分も鉈で人間の頭を叩き割ったりして殺してきたから今さらだったものの、納得はできるものじゃないだろう。


その白小夏の前に、木刀を持った一人の人間が、カフェの窓を突き破って転がり出てきた。年齢としては四十代くらい。一目見て普通の人間ではないことが分かった。能力者だ。


あの、<木刀を手にしたサラリーマン風の男>だった。


そいつも白小夏を見て普通の人間ではないことを悟り、


「……よう……」


と、聞き取るのも困難なほどの小ささだったが、声を掛けてきた。すると白小夏が苦笑いを浮かべ、


「やっぱりあなた、あの時の奴だったんだね……」


悟ったように言った。自分が生きていた時に出会った異能の少年のことを思い出したのである。


しかし男はそれ以上応えなかった。だが、白小夏にはそれで十分だった。


「私もあなたも因果な生まれみたいだけど、楽に死んじゃ先に逝った者達に申し訳がたたないよね……」


と呟くように言い、鉈を構えた。


以上の三人は現代の日本にも縁があったからそれなりに感慨もあっただろうが、同郷の女を無礼打ちした武士を殺した咎で死罪となった人足の小平治こへいじ、家族のために武功を上げようと参加した合戦で死んだ足軽の佐吉さきち、戦の巻き添えで死んだ小夜さよなどに至ってはもはや今の日本はほぼ外国のようなものであり、淡々と戦っていたのだった。


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