冤罪
<スーパーパワーを手にした男>は、自らが倒すべき<悪>を求めて街を彷徨った。この時、既に
「悪だ…、悪を倒す。そうしてこの世を綺麗にするんだ…!」
男はうわ言のようにそう呟きながら<自分にとっての悪>を探し求めた。
その男の耳に、
「きゃーっ!!」
という悲鳴が届く。
「悪か!?」
声を上げた男の顔は歓喜に満ちていた。もし何か事件であったとしたらそこには<被害者>がおり、苦痛があるというのに、この時の男の脳裏には自らの力が振るえるという<悦び>しかなかった。
男は、己の<悦び>の為に犯罪被害者が出ることを望んでいたのだ。
歪んだ笑みを浮かべた男が悲鳴の上がった方へと奔ると、自分の方へ猛スピードで走ってくるフルフェイスのヘルメットをかぶった男が運転する原付バイクと、その奥に、道路に倒れて原付バイクに向けて手を伸ばす高齢女性の姿が見えた。
『ひったくりか!?』
男はそう捉え、地面を蹴って宙を舞い、体を回して左の踵を原付バイクを運転する男のバイザーへと叩きつけた。
するとまるで飴細工のようにバイザーが砕け、踵がその中にあった顔まで砕いた。その衝撃が、頭蓋の中の脳を豆腐のように潰す。
即死だった。
にも拘らず<スーパーパワーを手にした男>の背を、得も言われぬ甘い陶酔が駆け抜ける。
『俺はまた、悪を滅した…!』
だが、その光景を見た高齢女性が。
「ち…、違う! その人は……!」
「…?」
男の勘違いだった。パッと見た瞬間の状況だけで思い込んでしまったが、実は、その原付バイクは、ひったくり犯を追跡しようとしていただけなのだ。男が駆け付けた時には既にひったくり犯自身は走り去った後だったのである。
子供向け番組の中のヒーローは、間違いを起こさない。たまにそういう展開があってもそれもやはり演出であり、取り返しのつかないことになったとしてもあくまでヒーローが成長する為のきっかけでしかない。
だが、現実の中では、一瞬ですべてを正しく理解できる人間など滅多にいない。そして人間は、目の前の状況を自分に都合よく解釈しがちな生き物だ。
でなければ、本来はプロである筈の警察や検察が<冤罪>などを生む訳がない。
この時、原付バイクに乗ってひったくり犯を追いかけようとしたのは、幼い頃、大好きだった祖母をひったくりによって喪っていた青年だった。彼の祖母は、バッグをひったくられた時のはずみで転倒して頭を打ち、亡くなってしまったのである。
だからこそ、自分の目の前で起こったひったくりが許せなくて、高齢女性の怪我が大したことがないのを確認した上で犯人を追跡する為にバイクを走らせたところであったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます