痛い目
自分に向けられたスマホのカメラを見て、男は、
「撮るな! 撮るなあぁっっ!!」
と叫んだ。
しかし、野次馬連中はそんな男の様子に、
「ウケる~www」
などと嘲笑いながら容赦なく写真に収めた。SNSにアップして『いいね』とやらを稼ごうというのだろう。
自分がどれほど危険な状況にいるのかということが、カメラを通してしまうことで実感できなくなっているのだ。
自身に向けられる<無自覚な悪意>に、男の憎悪はさらに膨らんでいく。止めどもなく、際限なく。
そんな様子を、赤島出姫織は冷めた目で見ていた。
『こいつらも結局、自分が痛い目を見ないと分からないんだろうな……
いや、痛い目を見ても分からないのかもしれないけどさ……』
なんてことを思ってしまい、もうこのまま放っておいてもいいかと感じてしまった。
この状況をヤバいと感じた人間はすでに逃げ去ってしまっている。ここに残ってるのは、くだらない承認欲求を満たすために他人を嘲笑い見世物にしようと考えるような奴らだ。そんな連中がどうなろうと自分には関係ない。
とも思ってしまった。
思ってしまったが、それでも、
『くだらない承認欲求を満たすために他人を嘲笑い見世物にしようと考えるような奴らだから』
という理由で見捨てるなら、自分もこの連中と大して変わらないとも思う。
だから赤島出姫織は見捨てなかった。下等な化生にいいように操られて人を殺してしまうようなかつての自分に戻りたくなかった。
転がった包丁に手を伸ばし再び振りかざそうとした男の身体機能に働きかけ、筋力を奪う。
すると男にとって包丁は、まるでショベルカーのアタッチメントとして使う<鉄骨カッター>のように人間の力では持ち上げることさえできない工具の如き重さとなった。
それどころか、自分の体さえ支えていられず、土下座のような恰好でへたりこんでしまう。
「何やってんのこいつ、ヤベー、超オモシレー」
「晒せ晒せ!」
男の無様な姿に野次馬達はますます調子に乗り、本当にSNSにアップし始める。
しかしそこに、
「どうしたんですか? 何があったんですか?」
と、たまたま通りがかった警官が現れる。
すると、地面に転がった包丁とそれに手を伸ばそうとしながらも地面にへたり込んだ男という異様な光景に気付き、さっと包丁を拾い上げた上で、ベテランと思しき警官が、
「どうしましたか? 大丈夫ですか? 立てますか? 気分が悪いんですか?」
と男に丁寧に声を掛けた。しかし男が立ち上がろうとしないので、応援を要請した。
数分後、応援のパトカーが到着して警官の数が増えたところで赤島出姫織が男の身体能力への干渉をやめると、男はばっと立ち上がって、
「すいませんが、ちょっと事情を聴かせていただけますか?」
と声を掛ける警官に、
「やめろ! 俺に触るな!!」
などと声を荒げながら激しく抵抗したのである。
そうやって抵抗したことで警官の方も、
「大丈夫ですから、何もしませんから」
と言葉は柔らかいものの男をしっかりと取り囲み、パトカーに乗せたのであった。
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