魔法使いの章
彷徨える魔法使い
魔法使い共の
と、向こうでもう一人の私が眠りについたのを確認し、私は今日も鏡の前で歯磨きをしていた。これでも人間の体を持ってるのだから、この程度の手入れはするのだ。別にしなくても問題ないのだが、まあこれも余興の一つだな。その横で、
何と言うか、実に人間的でありきたりな日常だな。しかし、これはこれで悪くはない。
例の魔法使い共の一件から二週間。概ね平穏な日々が続いていた。魔法を取り戻してしまった新伊崎千晶も、それで特に何か騒動を起こすこともなく、魔法については一切使わないようにしているようだ。
無理もないか。こいつにとっては忌まわしい記憶とセットになった力だしな。なるべく思い出したくないのだろう。
同時に、新伊崎千晶の振る舞いにもかなりの変化が見えた。それまでの荒んだ雰囲気から、物静かで落ち着きのあるものに変わっていたのだ。
あの一件が、こいつの精神に大きな揺さぶりをかけたことは確かだろう。魔法学校での記憶に比べれば、こちらでの両親に対する不平不満など、大した問題ではないということになったようだ。
その為か、本人の家での態度にも大きな変化が見られるようになったらしい。慣れ合う感じでないのは相変わらずだが、それでも両親の前で必要以上に刺々しい態度を取ることもなく、簡単に挨拶くらいは交わすようになっていた。
ちなみに例のギャルっぽい振る舞いも完全に鳴りを潜めてしまった。もっとも、それはそもそも周囲に合わせる為だけの上っ面の仮面でしかなかったから、私達と行動を共にするようになった頃から急速に収まっていってたがな。
それに伴い両親の方も精神的に余裕が出たのか、新伊崎千晶への態度が柔らかくなった。まったく。いい歳をして子供が変わらないと変われないとか、情けない奴らだな。
まあそんなことは私にとってはどうでもいいのだが、新伊崎千晶の行動で一番の変化は、夜な夜などこかに出掛けていくようになったことである。
それについて
「姉の
とのことだった。私のPCを勝手に使い、千歳のアカウントチェックしていたのだ。
まあ、その辺りは好きにすればいい。外出してる間は、<影>を新伊崎千晶の部屋に置くことにしたから餌にも困らんし。
そうそう、餌と言えば、あれから二度ばかり、新伊崎千晶に騙された奴らが化生を連れて押しかけてきたのだが、これがどうにもこうにも酷い雑魚で、せっかく魔法が使えるようになったんだし新伊崎千晶に始末させようと思ったら『嫌だ』と言い張るものだから、暇潰しにもならん雑魚の始末をする羽目になったりもしたのだった。
『ショ=クォ=ヨ=ムイの奴め。何やら大きな口を叩いていたが全然大したことないではないか』
と思った瞬間、気が付いてしまった。
『しまったぁ…! これこそが奴の仕掛けた<嫌がらせ>に違いない……!』
そうだ、騒動を起こされても私にとっては逆にアトラクションにしかならん。それよりはむしろ、楽し気な騒動が起きると期待させておいて空振りさせられることの方がよっぽどムカつく。
奴め、今頃は私がまさに
『おのれ、どこまでも性根の腐りきった奴だ…!』
……まあ、それは他ならぬ私自身のことなのだが。
魔法学校のことは、もしかするとショ=クォ=ヨ=ムイが<魔女>ケェシェレヌルゥアを唆してやらせた可能性も無いではないが、今となってははっきりしたことも分からんか。どうせあの
『くっそ~。当てが外れたではないか……!』
期待したイベントも起こりそうにないことに気付いて、私は仕方なく新伊崎千晶の動向を探ることにした。意識を飛ばし、新伊崎千晶の姿を探す。強い因縁で結ばれてるだけあって、すぐに見付かった。いかにもな夜の街に、奴は来ていた。こういうところに姉の千歳がいると推測したのだろう。
『勝手に意識繋げんなよ…』
私が意識を繋げようとすると、奴がそう拒絶してきた。魔法の力を取り戻してしまった為に、その手のことに対する知覚が鋭敏になっているようだ。
「この私にその態度とは、恐れを知らぬ奴だな」
「……ふん…!」
仕方なく私自身が空間を跳躍してその場に赴いた。山下沙奈はもう寝ているし、意識は繋げてやっているから私がいないことに気付いても不安にはなるまい。
新伊崎千晶は、上下黒のジャージ姿という、一見しただけでは女には見えない格好で胡坐をかいて地べたに座っていた。その前に、白いワンピースに腰まで伸ばした髪といういかにも目立つ格好の私が立つと、こいつはあからさまに迷惑そうな顔をした。
それはそうだろう。何しろ、目立たないようにして千歳が通りかかるのを待っているのだからな。
すると早速、いかにも軽薄そうな男が私に声を掛けてきた。
「おいおい、可愛いねえ君~? どこのコ? 待ち合わせ? いい店知ってるんだけど今から行かない?」
…まったく、こういう奴らの頭の中にはゴミでも詰まっているのか? 鬱陶しい。
「…黙れ…」
呟くように言ったが、どうやら聞き取れなかったようだ。
「え? 何て? 聞こえな~い」
おどけて見せようとしたのだろうが、私の神経を逆撫ですることにしかならなかった。
「失せろ! でないと食うぞ、このチンカスが…!」
口を吊り上げ歯を剥き出し、私は軽く狂悦の笑みを浮かべて見せてやった。全然本気ではなかったが、男は腰を抜かしその場に座り込んだ。
「ちっ…!」
新伊崎千晶が舌打ちして立ち上がり、私に背を向けて歩き出した。自分に構うなと露骨にその背中が言っていた。が、私としても放っておく気にもならんかったから、少し距離を置きつつ後をついて行った。
しばらく歩き人気のないところで立ち止まり、新伊崎千晶は背を向けたままで言った。
「これはあたしの問題だから、放っておいてくれよ…」
放っておけだと? 自分の尻も拭けん人間風情が言うじゃないか。だから私は言ってやった。
「貴様の都合など知らん。私は私がやりたいと思ったことをする。人間の指図は受けん」
そうだ。人間ごときが私に指図するなど、身の程をわきまえろ。
だが、その瞬間、
「……何のつもりだ…?」
私の周囲を無数の化生が取り囲んでいた。エニュラビルヌ、ブジュヌレン、ムォゥルォオークフ、ギビルキニュイヌ、ヴィシャネヒル等々。よくもまあこんなに集めたものだと思う程にうじゃうじゃといた。
ドラゴン使いはその能力故に召喚者としても優れている場合が多い。新伊崎千晶もそうだということだろう。
「…やれ」
新伊崎千晶が呟くように命じると、化生共は一斉に私に群がってきた。
が、こんな連中では足止めにもならんぞ。エニュラビルヌを焼き殺し、その巻き添えでブジュヌレン共が何匹も消滅する。ムォゥルォオークフが私に力比べを挑みかかり、その隙をついてギビルキニュイヌが爪や牙で私の肉を抉ろうと飛び掛かる。しかし私はムォゥルォオークフの両腕を引き千切り、それを振り回してギビルキニュイヌを粉砕し、両腕を失ったムォゥルォオークフを髪の刃で両断、左右から同時に襲い掛かってきたヴィシャネヒルもそのまま刃を走らせ寸断した。時間にして僅か数秒だ。
だが、一応はこいつらも役に立ったらしい。
「…ちっ…!」
化生共を片付けた私が周囲を見渡した時、新伊崎千晶の姿はどこにもなかったのであった。
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