呪い
五人全員で無事に帰れなかったこともあり、ゲームとしては私の負けだったが、まあ楽しめたから別にいいだろう。
元の、廃屋と化したかつての赤島出家の家の子供部屋で、
「……」
「……」
「……」
「……」
その中で、誰も言葉を発することなくうなだれている。
肉体的にと言うよりは精神的に疲れ切ったのだろうな。こいつらにとってはロクでもない経験だった。
「くそっ…!」
沈黙を破り、今川が毒づいた。私を見殺しにしたことを悔やんでのことだ。だが。
「―――――って、おい!?」
そう声を上げた今川に、残りの三人もハッとなり顔を上げた。
「お前、帰ってたのかよ!?」
四人が視線を向けた先に立っていたのは、私だった。私、
「帰ってたも何も、私はお前達が神とか邪神とか呼ぶ存在だぞ? どこでもいつでも同時に存在することができる。貴様ら人間と一緒にするな」
そうだ。以前にも言ったが、ついでにもう一人の私をまた作っておいたのだ。だから私はここにいる。どちらが本体とかいう訳でもない。どちらも等しく私であり、記憶も意識も同期しているから間違いなくお前達の知っている私だ。
「まったく……本当にデタラメな奴だな、お前…」
今川が顔に手を当てて、くくくと苦い笑いを浮かべた。既に強化服は消え失せ、四人とも元の姿に戻っている。私が与えた力も返してもらった。これで今川と広田はもう、ただの人間でしかない。
が、赤島出姫織と新伊崎千晶は違うがな。何しろこいつらは、魔法を取り戻してしまったのだから。
「ま、向こうでも言ったがよ。これでもう俺はお前らとは関わらん。普通に刑事として何か事件があれば会うこともあるかもしれんが、できれば御免被りたいね」
元・赤島出宅の前で、そう言って今川は広田を連れてその場を立ち去った。影のことは、顔を合わせればその瞬間に本体の側に吸収され、影が記憶したものも本体の方に引き継がれる。何も問題はない。
私はいったん自分の家に帰り、四人が戻ってくるということで再び出向いたのだった。こんなところで一人で待っててもつまらんからな。
「どうだ、気は済んだか?」
「……」
今川と広田が去った後で私が改めて問い掛けると、赤島出姫織は黙って頭を横に振った。
まあそうだろう。あんなことをしたところで状況は何も変わらんし、死んだ人間が生き返る訳でもない。しかもこいつらは知らんが、プリムラもレイレーネも死んだ。少なくとも余計なことをしなければ今でも生きてたであろう奴らが死んだのだ。目先の感情に振り回されるとこういうことになるという話だ。
もっとも、今回のことは私を誘い出す為に<魔女>ケェシェレヌルゥアが仕組んだことでもあるから、お前に責任があるかと言えば必ずしもそうではないがな。
私は赤島出姫織を自宅に送り届け、新伊崎千晶と共に私の家に帰った。夕食と風呂の為だ。あと、宿題もしなきゃならん。
帰り道、前を歩く私に向かって新伊崎千晶は訊いてきた。
「…なあ、向こうに残ったあんたはどうなったんだ?」
そのことか。
「別に。どうもこうもない。今、遊んでる真っ最中だ。これであの
そうだ。私は自分の遊びに集中したいが為にお前達を追い返したのだ。別に、数億という人間を殺しつくす行為の片棒を担がせないようにする為ではない。お前達が案じることではない。
私の家に帰り、山下沙奈が用意していた夕食を食べ、私と一緒に風呂に入り、宿題を済ませ、新伊崎千晶はもう一つの家の二階の窓から自分の部屋に戻り、影を吸収してベッドへと倒れ込んだ。
そして机の上のシャープペンシルを見、それを浮き上がらせる。
「……くそ…っ!」
自分の魔法の力を改めて実感した。
『夢じゃ…ねえんだな……!』
それから布団をかぶり、その中で泣いた。幼い頃の友達がどれほどむごたらしい死に方をしたのかを察してしまい、ただ泣いた。
『ちくしょう…ちくしょう……!』
できれば思い出したくなかった記憶を呪い、声を殺して泣き続けた。
「……」
翌朝、起きてすぐ自分の部屋から直接私の家のリビングに来たこいつの顔は、泣きはらした酷いものだった。
「人間が死ぬというのはそういうことだな。私には理解できんが、お前達には理解できるのだろう? なら、その儚い命を大事にすることだ」
「……」
山下沙奈が用意してくれたベーコンエッグを黙って食って、一度自分の部屋に戻って学校の用意をして新伊崎千晶は再び私の家に来た。
そして三人で学校に向かい教室に入ると、赤島出姫織の姿が見えた。こちらも泣きはらした目をしていた。記憶自体は残っていた筈だが、改めてそれが事実だったことを実感してしまって、感情的になってしまったのだろう。
「……」
「……」
目を合わせてもお互い言葉は交わすことはなかった。また、私に対する視線にも、敵意のようなものはすっかり鳴りを潜めていた。
その後の赤島出姫織は、完全に人が変わったように大人しくなった。信号機トリオが解散してからは元々一人でいることが多かったが、それに加えて他人に対して攻撃的な目線を向けることがなくなった。静かにただ、何かを思案しているような姿が見られるようになった。
その赤島出姫織の前に、新伊崎千晶が座る。互いに何か言葉を交わす訳でもなく、ただ一緒にいた。
「赤島出さんも新伊崎さんも、何かあったの?」
そう問い掛ける月城こよみに対して私は、「さあ?」と肩を竦めただけだった。
あの一件から一週間が経ち、私は再び例のクローゼットの前にいた。それはもう既にただの痛んだクローゼットに過ぎなかった。
もっとも、私が向こうで通路を破壊しなければドラゴンが地球に押し寄せるという話は、本当は嘘だ。
私達が通った通路を壊したところで、あの
向こうの私がどうしているかと言えば、実は今も戦っていた。つい先ほども記憶と意識を同期したところだ。
「……」
その時、私の背後に人の気配がした。何気に振り返ると、赤島出姫織と新伊崎千晶の姿があった。その手には小さな花束が握られていた。献花などに使われるような花束だ。こんなところに花束など供えたところで何の意味もないが、そうせずにはいられないということだろう。
「私達は、これからどうしたらいい…?」
クローゼットに花束を供え手を合わせた赤島出姫織は、そう私に訊いてきた。新伊崎千晶は目を伏せて何も言わなかった。多くの幼い子供がむごたらしい死を迎えたことを知りつつ結局は大したことができなかった自分が、魔法などという過分な力を持ってしまったことについてどうすればいいのか分からないということだった。
だが私は、冷酷だった。
「知らん。そんなものはお前達が自分で考えることだ。私には何の関係もない。とは言え、私と殺し合いでもしたいのなら、相手してやってもいいがな」
そう吐き捨てた私に、赤島出姫織はポツリと呟いたのだった。
「邪神め……呪われろ……」
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