山下沙奈の望み

部活の帰りに私の家に集まり、いつものように皆で宿題をしたりして過ごし、月城こよみ、肥土透ひどとおる黄三縞亜蓮きみじまあれん赤島出姫織あかしまできおりらが帰った後には、新伊崎千晶にいざきちあき、千歳、碧空寺由紀嘉へきくうじゆきからと一緒に山下沙奈やましたさなの作った夕食を食べた。


本当に、笑ってしまうほどに穏やかで幸せな時間だった。私もまんざらでもなく、それを楽しんでいたと思う。少なくとも以前のように退屈は感じていなかった。自ら何か騒動を起こして退屈しのぎをする必要性も感じていなかった。


私は、自分の感覚がやはり人間のそれに似通ってきていることに気付いていた。


だがまあ、それは別にいい。どうせ一時的なことだ。こいつらは所詮人間なのだから、そう遠くないうちにいなくなる。百年やそこらなど、私にとっては一瞬だ。そうすればまた私は次の私になるだけだ。


食事が終わり他の連中もいなくなり、私は山下沙奈と二人きりになった。今日は石脇佑香いしわきゆうかが覗いている気配もない。おそらくアニメのチェックかまとめサイトあたりの巡回で忙しいのだろう。


椅子を寄せて、山下沙奈は私の体に自らの体を預けるようにもたれかかってきていた。


その体に腕を回すと、顔をあげて私を見詰めてくる。何を望んでいるかなど、一目瞭然だった。だから私はそれに応えた。そっと顔を近付けると、彼女は静かに目を閉じた。そして私の唇を受け入れ、その身を委ねた。もう何度も繰り返してきたことだ。それどころか今では舌を絡ませ愛撫さえする。そこまでしても大丈夫になってきたのである。少しずつ、少しずつ、この少女の中から過去の痛みが薄れつつあった。


体を抱き締めていても緊張はあまり感じられない。それどころか、私が手を這わせても強張らせることはなくなってきた。控えめな胸の膨らみをなぞるように触れても、それを拒む様子はない。初めの頃はそれこそ肩に手を乗せただけでも強張っていたのにな。


今ならもう、その先に進むこともできそうだ。だが、そこまではしない。赤島出姫織はその必要があったから肌を合わせただけで、今の山下沙奈にはそこまでの緊急性はない。ただ甘えたいだけなのだ。しかし甘えたいだけならそこまでする必要もない訳で、だからやらない。


何故か? こいつがまだ中学生だからに決まっておろうが。何を期待しておる? 精々、一緒に風呂に入ってお肌の触れ合いをするだけだ。


そう、こいつは今、私と一緒に風呂に入っている。赤島出姫織に対するヤキモチが相当堪えたのか、ケアを終えてすぐに、私が風呂に入っているところに入ってきたのだ。自分から。


『一緒に、入っていいですか…?』


頬を赤らめ精一杯の勇気を振り絞った小さな声でそう問うてきたその時の姿は、今思い出しても気分が高揚するぞ。それを拒む理由もなかったから一緒に入ってやったら、涙まで流して喜びおった。こいつもようやく、次の段階へと進めそうだ。マイナスだったものをゼロへと戻すためのな。


まったく。我ながら自分の気まぐれに呆れさせられる。ここまで人間を気遣ってやるなど、本来の私なら有り得んことだ。だが悪くない。これはこれで楽しいと感じる。それは私にとっても楽しいものだ。


この後に訪れる結末への布石としては、十分過ぎるほどにな。


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