静かな侵略
私が中学校で人間のような平穏な暮らしを謳歌している頃、実は世間ではちょっとした事件が起こっていた。いや、世界的に見れば<ちょっとした>では済まないかも知れないが。
と言うのも、独裁者により統治されていた中東地域のある小国が、突然、国際社会に対して全面降伏したというのである。テロリストの拠点とも目されていたその独裁国家の変貌には、対応に苦慮していた各国すら慌てさせた。その国を支援していた東側諸国だけでなく、いかに屈服させるかとあれこれ模索していた西側諸国でさえ突然のことに混乱していたのだった。
なにしろ、それまでは大国を相手に一歩も引かない強かさを見せていた君主が、まるで人が変わったかのように投げやりな腑抜けになってしまったのだから。
だがそれだけなら、そういう抑圧された独裁国家であればクーデターの一つも起きそうなものだろうに、その国でそれなりに力を持っていた筈の階級の人間達が軒並み君主と同じように腑抜けとなり、怠惰で投げやりな振る舞いを見せるようになったのだった。さらには、その腑抜けぶりは一般の国民にまで広がっていたのである。
さすがにその変わりように諸外国は異様な事態と認識し警戒したものの、本当に何の策略も謀略もなくただその国の人間達の多くが怠惰で腑抜けた人間になってしまっていただけだったのだ。
私も、その異変には気付いていた。例え日本とはロクに国交もない小国での出来事であろうとも、これだけ異様なものであればさすがに今の私でも察知出来てしまうのだ。間違いない。化生の仕業だ。そして私は思い出していた。碧空寺グループのお家騒動の陰で起こっていた事件の中で私がどうしても思い出せなかった違和感の正体を。
「サタニキール=ヴェルナギュアヌェか…」
そうだ。思い出した。奴はあの時、確かに私によって滅ぼされた。だがしかし、それは奴が世代交代する為の通過儀礼でしかなかったのだ。古い自分を滅ぼすことで新しく生まれ変わるということだ。その茶番に私はまんまと利用されたという訳だ。
『おのれ、舐めた真似をしおって……!』
そして私は見た。テレビのニュースでその国に取材に入った日本のマスコミが映し出した映像の中にいた人間の姿を。
そいつは、私を見ていた。取材のマスコミのカメラを通じて、私を見ていたのだ。
「
そう。頭にターバンを巻きマントで顔の殆どを覆い、目だけしか見えなかったが私には分かった。ずっと不登校だった古塩貴生がいつの間にか外国に渡り、その国に潜入していたのである。
新しいサタニキール=ヴェルナギュアヌェの依代として。
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