封印解除
こいつ相手なら何の遠慮も要らん。私は狂悦の笑みを浮かべて自らの力を練り上げた。
「シャァアァーッッ!!」
獲物に襲い掛かる肉食獣のような声を上げてケェシェレヌルゥアに飛び掛かる。
それをかいくぐり、首筋に牙を突き立てようとする。
「……!!」
が、寸でのところで私は自分が作ったゲームのルールを思い出していた。
空中で身をひるがえし、空気さえ足場にして奔り、学長室の端に四つん這いで着地する。
鞭を構えた赤島出姫織の体を使うケェシェレヌルゥアと、四つ足で牙を剥き隙を窺う私の姿は、殆どサーカスの猛獣使いと猛獣といった風情だっただろう。
だが、そんなことはどうでもいい。
『ケェシェレヌルゥアを赤島出姫織の体から叩き出さんとゲームが進まんな』
…いや、必ずしもそうではないか…?
こいつは今、赤島出姫織なのだ。封印の石とやらは本人でなければ壊せないと言っていたが、それは赤島出姫織の肉体を有した者であっても可能なのかな? 一つ、試してみるか。何しろ、封印の石とやららしきものが、壁に掛けられていたからなあ。
私は四つん這いでいることを止め、封印の石らしきものの前に立った。
その私目掛け、ケェシェレヌルゥアが鞭を放つ。それを寸でで躱すと、鞭が壁にかかっていたいくつもの石を薙ぎ払った。殆どの石はそれでは壊れなかったか、その中に二つだけ、綺麗に砕けた石があった。
瞬間、ケェシェレヌルゥアが乗り移っていた赤島出姫織の体から、凄まじい力が噴き上がるのが見えた。しかもそれは、外でドラゴンと対峙していた
「ハハハ! 成功だな!!」
赤島出姫織の肉体の奥深くから噴き上がる力に弾き出されるように、<魔女>ケェシェレヌルゥアがその姿を現した。蛇の髪を巻き付かせ、蛇の目をした淫猥な黒い革の服とマントを纏った妙齢の女だった。が、実年齢は数億歳の筈だがな。
しかし、恰好がどうも赤島出姫織と被ってしまったな。これは失敬。
それにしても、
「…え? あ……! お前……っ!!」
意識を取り戻した赤島出姫織がケェシェレヌルゥアを見、空気を押し出すように右手を差し出すと、そこから閃光が奔り抜けた。ケェシェレヌルゥアの背後の壁が消滅し、迸った閃光が大気を裂く。しかしさすがに数億年を生きた魔女には通用しなかったがな。
「いいですねえ、やはりあなたには才能があります」
ニヤァと口を吊り上げ笑うケェシェレヌルゥアに赤島出姫織は吠えた。
「五月蠅い! お前の所為で私の家は滅茶苦茶よ! 両親は真面目に働かなくなって、でも私がここを辞めたから援助が亡くなって、お父さんは逃げてお母さんはお酒に溺れるようになって、全部お前の所為だ!!」
『…いや、それは必ずしもそうじゃないんじゃないかな…?
話を聞く限りだと、お前の両親が元々そういう奴だっただけで、魔法学校からの援助を当てにして本性が出ただけのような気もするが…?』
と、口には出さずに突っ込んでみる。
まあ、その辺りのことはどうでもいいか。あくまで今回のことを起こすことになった、ただの動機だしな。しかもそれ自体が、私を誘い出す為にケェシェレヌルゥアに利用されただけのようだし。
ということは、結局、私が原因ということかな? この惑星も、かつて私が滅ぼした惑星ではなく、ケェシェレヌルゥアが作った魔法社会の一つに過ぎんようだから、私とこいつの因縁に赤島出姫織達は巻き込まれただけだな。
さりとて赤島出姫織自身のケェシェレヌルゥアや魔法社会に対する憤りは事実であり、それがこいつの力をより増幅させているのも事実だった。
「リネラも、ケリシャも、アニーナも、ミリオラも、
赤島出姫織がそう叫んだ時、こいつの意識が私の方に逆流してきた。噴き出す魔力に乗って流れ出たようだ。かつてこの魔法学校で友人らと魔法を学んでいた頃の思い出だった。十歳にも満たない子供の、楽し気で他愛ない日々の記憶だった。赤島出姫織の目に、涙が光っていた。
ふん、そういう気持ちもちゃんと持ち合わせているんじゃないか。何故それを貫かん? 己が抱えていた憂さをを月城こよみへの嫌がらせで晴らそうなどとするから、逆に追い詰められるのだ。ましてや目先の感情で絞め殺そうとするなど、貴様もケェシェレヌルゥアを責められた立場じゃないぞ。
だがその辺りについてもまあいいだろう。とにかく魔法を取り戻したのだ。好きにやれ。
「うわぁあぁああぁぁあぁーっっ!!」
噴き出す魔力をそのまま叩き付けると、今度は学長室のある塔そのものが崩壊する。
ゴガガガガッ、ドゴオッッ!!
と地響きを立てて崩れ落ち瓦礫の山と化した上に、赤島出姫織とケェシェレヌルゥアが立っていた。
「……ん?」
視線を移すと、ドラゴンがこちらを見ていた。だが、明らかに攻撃しようという気配がない。その足元には、ドラゴンを背にして広田と新伊崎千晶の姿も見える。
「新伊崎さんがドラゴンを手懐けてくれましたーっ!」
広田が私に向かって叫んだ。
ドラゴンを手懐けた? なるほど、それが新伊崎千晶の力だったか。確かにドラゴン使いは希少だ。ドラゴンを自由に操れれば、千年に一人の逸材よりも役に立つかもしれん。
「今川!! ガキどもにうろつかれると邪魔だ! 追い払え!!」
塔の崩壊を避ける為に中庭に出ていた今川を呼びつけ、私は生徒達を追い払うように命じた。
「分かった!」
その今川が新伊崎千晶の下に走り、
「ドラゴンを使って脅かしてやれば逃げるだろう」
と提案する。
まあ、どこに逃げようと安全ではないが、少なくともちょろちょろされるよりは気が散らずに済む。
新伊崎千晶に操られたドラゴンが校舎に向かってブレスを吐く仕草を見せると、
「わあ…っ!」
「うわあぁっっ!!」
と、我先にと生徒も教師も学校の敷地の外へと逃げ去っていった。
まあ、これで今すぐ赤島出姫織とケェシェレヌルゥアの戦いに巻き込まれて死ぬ確率は減っただろう。今はな。
「ひでぇことしやがるな…」
私の横に戻ってきた今川が、ケェシェレヌルゥアに対して厳しい視線を向けながら言った。魔力と共に溢れ出した赤島出姫織の記憶をこいつも見たのだ。もっとも、それを『酷いこと』と感じるのはあくまで地球人の感覚だ。ここの連中にとっては一人前の魔法使いになる為の通過儀礼に過ぎん。とは言え、好きでやってる奴ばかりではないだろうし、実際、その所為で魔法使いが反旗を翻し魔法社会が滅んだ惑星もあった訳だから、必ずしも的外れでもないのかも知れんがな。
私が与えた力に魔法を上乗せし、赤島出姫織はケェシェレヌルゥア目掛けて放った。
「ごお!!」とすさまじい力が迸り、山を消滅させる。
『これはこれは。本当にどこに逃げても巻き添えを食うかも知れんな』
対してケェシェレヌルゥアはさすがに老獪な戦い方をする。赤島出姫織の攻撃を紙一重で躱し、髪の蛇を用いて石化の魔法を放っていた。魔法障壁でそれを防ぐが、一瞬も気を抜けない。
生徒共が逃げ去ったのを見計らって、私は半径一キロくらいの範囲で空間を閉じた。ショ=エルミナーレの時に使われていたものと同等の強力な奴だ。これで滅多なことでは周囲に影響は出ん。
しかし、赤島出姫織の戦い方は滅茶苦茶だった。
「うわああああああーっ!!」
と叫びながら、ただひたすら溢れてくる魔力を叩き付けるだけだ。もっとも、それも当然か。こいつは魔法での戦い方を学ぶ前に辞めたのだ。力は大きくても、その使い方を知らん。だが、私が与えたものに上乗せしてることもありその力そのものがとてつもなく強かったがな。
少なくとも、千年に一人の逸材が、十万年に一人の逸材くらいになる程度にはな。
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