無謀な思い付き

予鈴二分前に三人で家を出て、私達は学校に行った。だがその時、私は何者かの視線に気付いた。視線は向けずに意識だけを向けると、路上駐車された自動車の中に、今川いまかわ広田ひろたの姿を見付けた。


『何だこいつら、赤島出姫織あかしまできおりのことを見張ってたのではなかったのか?』


というのも、明らかに私を見ていたのだ。


『…いや、気付いたのか。私と月城こよみのことに』


確かに、昨日も下校時にこいつらがいたことは気付いていた。だがその時はそれほど私達のことは意識してなかったのだろう。だから私も気にしなかった。しかしこれはまた、面倒なことになったな。今川の粘着ぶりは菱川和ひしかわのそれに似通っていて、私はあまり好きではないのだ。


まあでも、今のこいつらの主目的は赤島出姫織の筈だから、無視しておけばいいか。


教室に入って見回すと、月城こよみと黄三縞亜蓮きみじまあれんが、


「おはよ~」


と、手を振ってきた。他には赤島出姫織の姿は見えたが、碧空寺由紀嘉へきくうじゆきかは今日も来ていない。これはいよいよ不登校か?


昼休憩、私達四人がまとまっていると、不意に赤島出姫織が動いた。こちらに意識を向けていたのは気付いていたが、ようやく意を決したのだろう。そして私の隣にいた新伊崎千晶にいざきちあきに声を掛けたのだった。


「千晶、ちょっと話があるの。ついてきて」


クラスの連中は、これまた意外な組み合わせにちらちらと視線を向けてひそひそと話し始めた。赤島出姫織と新伊崎千晶に交流があることを私も知らなかったくらいだから、知らない者には驚きだろうし、かつて交流があったことを知っている者にしても今さら感があっただろうからな。


私の傍を離れようとしなかった新伊崎千晶だったが、赤島出姫織の呼び出しには素直に応じた。


「う~ん、何か気になるな。ついてってみようか?」


そう言いだした月城こよみに、今回は私も特に異論はなかった。黄三縞亜蓮も多少は興味があったらしい。屋上は今は閉鎖されている為に普段は人が来ないことでよく内緒話で使われている階段に二人はのぼり、私達は下の階から聞き耳を立てた。


私と月城こよみは元々それで十分だったが、なんと、


「黄三縞さんも聞こえるの?」


「うん。聞こえる。なんでか知らないけど」


黄三縞亜蓮にも聞こえるのだと言う。どうやら、こいつの腹の子に憑いたカハ=レルゼルブゥアの影響のようだ。人間としての身体機能が妙に活性化されてるらしく、


「コンタクト使ってたんだけど、最近、それも必要なくなったんだ」


とのことだった。


まあその辺はさておいて、赤島出姫織が何を言うのか確かめさせてもらおうか。


「千晶…あんた、私の前の家でのこと、あんまり覚えてないって言ってたよね」


そう切り出した赤島出姫織に、新伊崎千晶は、


「……」


と、無言で応えた。それが返事だった。赤島出姫織が続ける。


「覚えてなくてもいい。あんたの力は私が使えるようにしてあげる。私に力を貸してほしい。私の人生を滅茶苦茶にしたあいつらに、仕返ししたいんだ」


『力、使えるようにしてあげる』、『仕返し』、か。ふむ。


新伊崎千晶が無言のままで頷く気配が、私達のところにも伝わってきた。なるほど、こいつらの関係はここまでのものだったか。赤島出姫織が命じれば一も二もなく応じる。そういう存在か。


しかも、力を使えるようにするだと? 


それが本当なら、これは新伊崎千晶に対する認識を改めんといかんかも知れんな。あいつもただの人間ではなかったか。


念入りに封じられたものまで見抜けるほど私は集中もしてないし本気にもなってない。半端な奴が半端な封印を施しただけならすぐに分かるが、それくらいただ何となくやってても感じ取れるものだけを相手にしてるだけだ。でないと、別の世界やら宇宙からの干渉というのは実はそれこそあちらこちらに転がっててこういう話は無数に出てくるしキリがないからな。この肉体では捌ききれん。


だがまあ、そういうことであればあいつが私と関わり合いになるのも自明の理だったか。いや、これもショ=クォ=ヨ=ムイの仕掛けの一つかも知れんが。新伊崎千晶を通じて魔法使い共と私とをぶつけようというな。あの頃の私ならそうする。


となれば、これは楽しまねばならんな。


放課後、『今日は休むからよろしく』と言って、あいつは部活にも出ず先に帰ってしまった。赤島出姫織に会う為だ。そこで私は何も言わずただ意識を繋げておいた。これで見たもの聞いたものすべて私にも筒抜けだ。


新伊崎千晶がしばらく歩くと、赤島出姫織が待っていた。


「……」


「……」


互いに言葉もなく、そのまま二人で歩き出す。しかし横に並んで歩くのではなく、明らかに上下関係を匂わせる、前後に並んでのことであった。また、二人が向かっているのは、どちらの家がある方向とも違っていた。そのまま十分ほど歩くと、一軒の家の前に出た。それは間違いなく、あの新伊崎千晶の記憶の中にあった赤島出姫織の家だった。


が、そこには既に表札がなく、不動産会社の看板が門に掛けられ、だが長らく買い手が付かず荒れ放題になっている空き家だった。門の鍵も壊されているらしく、押せば簡単に開いた。庭も荒れ放題で雑草が生い茂り、うっそうとしている。


勝手に入り込んで荒らした奴がいたのだろう。玄関も壊され窓が割られ、惨憺たる有様だ。


「……!」


それを見た新伊崎千晶の胸に、締め付けられるようなものがよぎるのが分かった。記憶を探った時にも感じたが、こいつ、この家にくるのを楽しみにしていたようだ。それが見る影もなく荒れ果てているのを目の当たりにして、苦しんでいるのだ。


一方で赤島出姫織の方はむしろ忌々し気に家を見ているのが分かる。


「……ふん…!」


と鼻を鳴らしたくらいだからな。あまりいい思い出はないようだ。


壊れた玄関を開けて中に入ると、そこも酷い状態だった。残った調度品も滅茶滅茶に破壊され、床でたき火か何かをしたような跡まである。相当、好き放題やられたようだな。


「……ひどい…」


小さく言葉を漏らしながら新伊崎千晶は落ち着きなく四方を見渡すが、赤島出姫織は目もくれず二階へと上がっていく。階段はまだしっかりしているようだ。


途中、恐らくネズミだろう、白骨化した小動物の死体もあったものの、動じる様子もない。


二階に上がっても当然のように酷い有様だったが、何故か一つのドアだけは殆ど汚れも傷もなかった。その理由は私には分かってしまった。結界だ。結界が張られていることで、普通の人間には認識できないのだろう。だが、この家に強い因縁のある二人には見えてしまうのだ。


そのドアを開けると、やはり、例の子供部屋だった。


埃こそうっすらと積もっているものの、中の様子自体は、新伊崎千晶の記憶にあったものとそれほど変わっていなかった。子供用品の類が殆ど残っていないことを除けば。


「何でか知らないけど見張りがいなくなってたから、今なら行けるよ。ここから向こうへ行って、封印の石を壊す。そうしたら私の力もあんたの力も元通りだ」


と言いながら例のクローゼットの扉に手を掛けるが、何だその雑な計画は? いや、計画というのもおこがましい思い付きは? 向こうというのは魔法学校のことだろう? そこでお前達の力を封じている封印の石とやらをこのまま自分から出向いて壊すとか、連中がそれを許すとでも思っているのか?


私がそんな風に呆れていると、案の定、クローゼットを開けた途端に、


「!?」


と、声を上げる暇もなく、二人の体が弾け飛び、血煙となって消えたのだった。


まあ、当然だよな。この程度のトラップ。ましてや私が監視役だったンクァライガキェルアを潰した後だ。あちらも備えはしただろう。ということで、私は急遽、部活を抜け出して、この部屋に来たのだった。


「お前ら、本当にバカだろう?」


私は心底呆れた風にそう言ってやった。巻き戻されて呆然としている二人に対して。


「あ、あんた。どうしてここに!?」


そう問い掛ける赤島出姫織の横で、新伊崎千晶が、今の主人と前の主人の間で狼狽える犬のようにおろおろとしていたのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る