消える命

世間はクリスマスだなんだと浮かれているようだけど、正直、僕には関係なかった。


夏に起こした事件についての判断が下って、保護観察処分ということになったけど、僕にとってそれは、


『今まで通りにしてろ』


と言われたようなものだった。


だって僕は、あの人達の<操り人形>、ううん、<ペット>みたいなものだったから。


あの人達は僕を管理し、自分の思い通りに操って、僕のすべてを支配するのが望みだったから。


今から思えばどうしてあんなに何もかもぶち壊せる気になってたのか分からない。


確かに不思議な力は使えてたけど、でも僕があんな力を持ってたということは、当然、他にも同じような力を持ってる人はいた訳で、実際、それで僕はボッコボコにやられて、今じゃあの力はまったく使えなくなってしまった。


たぶん、封印されたかどうかしたんだろうな。


そういうことがあるのは当然だって今なら分かるけど、あの頃は、そんな力を使えるのは僕一人で、世界で一番強いんだみたいに思えてたのが本当に不思議だ。


だけど、僕が起こした事件のせいで両親は今、多額の賠償金の支払いに追われて、しかも世間の批判に曝されて<針の筵>状態だから、少しは溜飲が下がった気がするかな。


世間じゃ、親はいつだって最終的には正しくて、子供は間違いを犯しても最後には親の愛に気付いて、みたいな話が溢れてるけど、そんな綺麗事、現実じゃそんなにあることじゃないだろうな。


だって、グレた子供との葛藤とかを描いたノンフィクションとかだって、なんかいいように締め括られてたりするそうだけど、現実にはその後でも結局はドロドロでグダグダでみんな不幸になったなんて話はいくらでもあるじゃん。


<美談>なんて、所詮はどうしようもないクソな現実のほんの一部分を切り取って体裁を整えただけのもんだろ?


どうしてそんなものを真に受けて感動してんのか、僕にはまったく分からないよ。


だけど僕も、クソな現実をぶち壊して何かが変わるかもと思ってたのが結局は元の木阿弥で、そんなのはフィクションの中にしかないんだっていうのを思い知らされた感じかな。


なんてことを考えながらコンビニに買い物に行った帰り、日が暮れて、人通りも街灯もろくにない路地を、寒くて敵わないから小走りで急いでいると、僕は、少し先の地面に何か違和感を感じたのだった。


薄暗がりのアスファルトの上に小さなでっぱりのようなものが見えたんだ。いや。でっぱりじゃないな……


何か、落ちてる…?


パッと見にはほとんど道と一体化したみたいになってたからでっぱりに思えたけど、よく見れば何かが道に落ちていただけだった。しかも、


「動いてる…!?」


僕は思わずつぶやいていた。道に落ちてるそれは、少しだけど動いていたのだった。しかも、小さすぎてすぐには気付かなかったけど、何か聞こえる。


「鳴き声だ…」


僕は思った。そう、それは確かに何かの鳴き声だった。消え入りそうに小さくて、だけどはっきりと何かを訴えかけようという意思みたいなのを感じる鳴き声だった。


恐る恐る近付くと、形がはっきり見えてきた。


間違いない、生き物だ。小さい。僕の手のひらに入ってしまうくらいの大きさしかない。さらに近付くと、何かの動物の赤ん坊のようだった。犬か、猫か…?


だけど僕は、戸惑っていた。こんなところに動物の赤ん坊が一匹とか、おかしいと思った。それで見回すと、何かの店の裏口横に置かれたゴミ箱のさらに横に、いかにもな段ボールの箱が置かれてた。


薄暗くてよく見えないけど、その表面には何か字が書かれていた。『拾ってください』とだけは読み取れた。


でも中を覗き込むと、何もいなかった。白いタオルのようなものが敷かれてて、だけどそのタオルは妙に汚れていた。はっきりとは見えないのに僕はなぜかそれを見て、


「血だ…」


と呟いていた。


血の付いたタオルが入った箱に、一匹だけ道に落ちている動物の赤ん坊……


たぶん、少し前にここに置かれて、その時は何匹かいたけど、犬か猫かに襲われて、他はたぶん食べられて、でも一匹だけ落としていったんだと、僕は思った。


だけど、それが分かったからってどうすればいいんだ? 


僕は動物なんか世話したこともない。家で昔は犬を飼ってたこともあったけど、僕はその犬とは性格が合わなかったのか、すごく仲が悪かった。だから世話したこともない。


見なかったふりしてこのまま立ち去るのが一番だと思った。どうせ拾ったって僕には育てられない。


この時間じゃ保健所だって来ない。来たところでどうせ最後は処分されるだけだ。だから……




それからしばらくして、僕はなるべく早く家に帰ろうとしていた。ダウンジャケットの中、下から手で支えてるそれが動いてるうちに帰りたかった。


そう、僕は結局、見捨ててはいけなかったのだ。


助けられる当てなんかないけど、何をどうしていいのか分からないけど、自分でも訳が分からなかったけど、とにかくその赤ん坊を拾い上げ、少しでも温められればと思ってダウンジャケットの中に入れて、家に帰ってネットで調べたら何とかなるかもと考えながら、家路を急いでいたのだった。


でも……


もう少しで家に着くと思ってダウンジャケットの中に意識を向けた時、さっきまで動いていたそれが、全く動かなくなってることに僕は気が付いた。それだけじゃなくて、中に入れた時にはちょっとだけあった温度が、全然感じられなくなっていた。


そっと取り出して、街灯の下で様子を見てみた。


それはぐったりとして、どこにも力みたいなのが感じられなくて、一目見て分かった。間に合わなかったんだ……


…たぶん、僕がそのままにしておいても結果は一緒だったと思う。だったらそのままにしておけばよかったとも思った。


思ったけど…


思ったけど……


こいつはあの時、確かに生きてたんだ。ほんのちょっとだったけど、温かかったんだ。それは間違いなく、命ってやつだったんだ……




道路わきの植え込みにそっとそれを置いて、雑草を引き千切ってその上にかぶせた。それくらいしか、もう僕にはできることはなかった。


「どこに行ってたの? 出掛ける時は行き先を言ってくれないと……」


家に戻ると母親が僕を見咎めてそんなことを言ってきたけど、何も言わずに部屋に戻った。


「はあ……」


溜息を吐きながら何となく胸に手をやった時、あの時のぬくもりの感触がよみがえってくるのを感じた。


そしてそれは数年間、僕の中から消えることはなかったのだった。

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