地獄そのもの

『くそったれ!!』


口には出さす総罵りながら、今川いまかわは、目の前に現れたカエルに似た怪物、ブジュヌレンを容赦なく撥ね飛ばし、自動車を走らせる。


だが、眼前に広がる光景はもう既に地獄そのものだった。既に生きている人間は見当たらず、怪物だけが闊歩している。


『無事でいてくれよ……! 俺もこの子らを避難させたら助けに行くからな……!』


自分の家族のことも気になったが、今は子供達の安全を確保するのが先決と考えていた。こいつは根っからの警察官なのだ。


とにかく今はまず、場所が分かっている月城こよみの家を目指す。途中何度も化生共を撥ね飛ばし、今川の十年来の愛車だった国産セダンは見る影もなくボコボコになった。


『まったく…刑事の月給じゃそうそう買い替えもできないんだがな……』


などと頭の片隅では思いつつも、しかしそんなことにも構わない。


だが、そうやって辿り着いた月城こよみの家は、凄まじい炎に包まれていた。


「…なんてこった……」


一見して生きている人間がいる訳がないと分かるその光景に、それでも老獪な刑事は迷わない。


『しかたねえ……!』


すぐさま愛車に鞭打って今度は中学校を目指した。


日守かもりだ…! あいつなら……!』


私の家の正確な場所までは把握していなかったが、正門のすぐ近所にある筈だという目星はつけていたのである。


もはや交通法規など関係なくなった道路をすっ飛ばし、五分ほどで学校に着いた。学校そのものは大きな被害を受けていないように見えたが、そこにも化生共は溢れていた。


今川は刀を手に自動車を降り、襲い掛かってくる化生共を片っ端から刀で薙ぎ払い、声を上げた。


「日守こよみ! 日守こよみはいないか!?」


正門前で大声で叫べば十分に聞こえる範囲内に私の家がある筈だと、こいつは察していたのだ。するとその声が聞こえたかのように、一人の少女が突然姿を現した。


「今川さん! こっちです!」


山下沙奈だった。山下沙奈が今川の声に気付いて私の家から出て、声を掛けたのだ。


その山下沙奈に、蝙蝠に似た化生、ギビルキニュイヌが襲い掛かった。だがそのギビルキニュイヌは近付くことすら出来なかった。電線から突然、放電が迸り、一瞬で丸焦げになったからである。すると、その周囲にあった電線から一斉に同じように放電が始まり、周囲にいた化生共を一掃してしまった。


「今のうちに早く!」


今川と子供達を連れて、山下沙奈は私の家へと駆け込んだ。するとそこは、外の騒ぎなどどこ吹く風という静かな空間だった。私の結界によって外界とは大きく隔絶されているからである。音は聞こえているのだが、その音圧がまるで違うのだ。ただし、私を呼んだ今川の声ははっきりと届いた。因縁で繋がっていたからだった。


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