Conveyor belt Sushi

ホテルを出たハイヤーは、しかし少し走ったところで駐車場に入り車を止めた。そして運転手が言う。


「その恰好じゃお寿司食べられないから、何か着る物を買ってくる。ちょっと待ってて」


見ればそこは、子供用品の店だった。先日の爆発の影響か、窓ガラスの交換作業中のようではあるが、ガラスのないところには養生シートを張り付けた状態で一応営業もしているようだ。


運転手が店に入った時、ヴーッヴーッっというこもった音が車内に響く。携帯のバイブ音だ。私の鞄から聞こえてくる。見ると、やっぱり祖母だった。


「こよみちゃん。まだなの? 今どこ?」


さすがに帰ってくるのが遅いと思ったのであろう祖母が電話を掛けてきたのだ。だから私は、


「ごめんお祖母ちゃん。まだちょっと渋滞してて途中なの。それと、私どうしても回転寿司が食べたくなったから、ちょっと寄り道していくね。刑事さんが来る時までにはちゃんと帰るから」


と答えつつ、認識を誘導する。


「そうなの? 仕方ないわね。ちゃんと帰ってきてね。刑事さんが来るのは六時だから」


普通に話しただけでは『何言ってるの、早く帰ってきなさい』と言われそうだったから、私に迎合するようにしたのだ。あと、声が幼くなってる筈だから、その辺りも不審に思われないようにした。電話を終えて、念の為に電源も切っておく。


電話を終えてしばらくすると、運転手が袋を抱えて出てきた。そして車に乗り込むと袋を私に渡しつつ、言った。


「それを着て。一人で着られるよね」


中を見ると、ワンピースと下着と靴下とサンダルが入っていた。まあ、確かにこれだけあれば十分か。再び走り出した車内でそれらを身に付ける。下着や靴下はいいのだが、ワンピースが若干大きくて、胸元が結構あいてしまう。もしやこれは狙ってのことか? 別に構わんがな。


シートに座り直して足をぶらぶらさせながら、


「おすし~おすし~まっわるおすし~みせごとぜ~んぶたべちゃうぞ~」


などと歌ってみた。こういうのが自然と出てくるということは、体が幼くなった分、思考もそれなりになっているのかも知れん。だから裸でも恥ずかしくなかったのか。あと、この運転手は、少なくとも綺勝平法源きしょうだいらほうげんよりは見た目とかはキモくないかな。悪趣味ぶりではどっちもどっちだが。


回転寿司店の駐車場に車が止まると、私は本当の子供の様に急いで車を降りようとした。そんな私に運転手が声を掛ける。


「危ないよ。待って!」


その言葉に振り返り、私はじれったそうにその場で足踏みした。


「はやくはやく~っ!」


そういう私を見る運転手の目が、先程までのそれとは少し違っていた。明らかに性的に興奮した状態のそれから、愛らしい小動物を見るそれに変わっていたのだ。いや、普通に、我が子の姿に目を細める父親のそれか? まあどっちでもいい。とにかく私は早く寿司が食べたいのだ。


差し出された運転手の手に私も自然と手を伸ばし、繋ぐ。その光景は、他人から見ればそれこそ父と娘に見えただろう。帽子を取ったその顔を改めて見上げると、歳の頃は三十代半ばといった感じだった。いわゆるイケメンとまでは言わないが、決して相手に生理的嫌悪感を抱かせるような容姿ではなかった。仕事もきちんとしていて清潔感もあってとなれば別にそれほど女にも困らんだろうに、どうして幼女などに興味を持つかね、こいつは。


そんなことも考えつつ、しかし今はとにかく寿司だ。喰うぞ~、喰い倒すぞ~。


運転手の手を引っ張るようにして私は歩く。すると不意に、体が宙に浮かび上がった。今にも手を振りほどいて走りだしそうな私を守ろうと、運転手が抱き抱えてしまったのだ。仕方なく私は、左手でネクタイを掴み引っ張りながら、右手で入口を指差し、


「いそげ~つっこめ~やってしまえ~!」


と声を掛けた。すると店から出てきた老夫婦が、そんな私の様子を見ながら目を細めるのが見えた。だがそんなことはどうでもいい。急げ、とにかく急ぐのだ、この下僕めが!


「おまえのさいふをスッカスカにしてやるからかくごしろ~!」


ぐいぐいとネクタイを引っ張りそう声を上げる私を抱いたまま、運転手は店の入り口をくぐった。


「うお~!」


思わずテンションが上がり、力が入る。


「いらっしゃいませ、二名様ですか? こちらへどうぞ」


店員に促されるのももどかしく席に着き、さっそく流れてるものを片っ端から手に取る。箸を勝手に出してきて、私は早速、イカを口に放り込んだ。その様子を見た運転手が慌てたように手を差し出した。


「あ、それは…!」


その瞬間、私は口の中が爆発したような痛みに襲われた。その衝撃が頭まで突き抜けて、鼻の奥も焼け付くような痛みがある。ワサビだ。私はいつもの癖でワサビ入りの寿司を手に取り、一気に頬張ってしまったのだ。


もちろん本来の体なら、ツーンと鼻に来るくらいの刺激で済んだものが、幼児の体だからかそれとは比べ物にならない破壊力で私の肉体を襲ったのだった。しかし一度口に入れたものを出すこともできず、私は身悶えながらそれと格闘し、ようやく呑み込んだのだった。幼児にとってのワサビの威力とは、これ程のものだったのか。そりゃ食べられん訳だ。


「ああああ、おくちいた~い、おはないた~い…」


涙と鼻水がだらだらと垂れてくる。運転手が慌ててハンカチでそれを拭いてくれた。


「慌てちゃ駄目だよ。落ち着いて」


別に慌ててた訳じゃないが、油断があったのは確かだ。それは認めよう。他に私が取った甘エビとホタテ貝柱もサビ入りだった為に、運転手が食べることになった。代わりに玉子を取ってくれたのだが、そうじゃない。魚だ。私は魚が喰いたいのだ。不満げに睨んでみたが、こればかりは仕方ない。結局、私の分は注文して流してもらうことになった。


くっそ~、流れてくるのを片っ端から喰うのが醍醐味なのに~…!


味や鮮度などどうでもいい。そんなものに拘るのなら祖母に時価の鮨屋に連れて行ってもらう。恨めしそうにレーンを眺める私に、運転手がイクラやオニオンサーモンなどのワサビが入っていないものを取ってくれた。単なる幼女好きなだけじゃなく、そういう気遣いもできるのだな。ますます普通の女に興味を持たない意味が分からん。そういうのができるのなら、よっぽどお高く留まってる女でない限り付き合えるだろうに。


私がそんなことを考えてると、マグロに中トロにハマチにサーモンにトロサーモンにビントロにタイに真イカに紋甲イカにタコにエビに甘エビに生エビにエンガワにツブ貝にホタテ貝柱にアナゴにウナギにカツオタタキと、取り敢えず頼んでおいたものが流れてきた。それらをテーブルに並べるとさすがになかなか壮観だな。


「いっただっきま~す」


改めてそう言って、手近なものから片っ端から食べ始める。『そんなに食べられる?』と注文時に心配していた運転手の前で、皿が次々と空けられていく。半分を切ったところで、「おなじのもういっかい、たのんで」と私が言うと、呆然と私を見ていた運転手が、同じものを注文していく。高い皿を頼んでもいいが、今日は一皿百円のやつだけで勘弁してやる、感謝しろ。


だが、私の方も何か少し気分の上で変化していくのを感じていた。ここに来るまでは本当に、私が歌ってた通りに店ごと喰いつくすくらいのつもりだったものが、何だかそんなに慌てなくてもいいような気になってきていた。刑事が来る六時までには戻りたいが、時間ぎりぎりまではこの運転手に付き合ってやってもいいかも知れん。


その為には、もう少しこの体でいてやろう。謝礼も必要だしな。


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