加害者
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山へと逃げ込んだ<少年A>は、もはや人間の姿をしていなかった。ぎょろりとむき出しになり爛々と禍々しい赤い光を放つ双眸で周囲を睥睨し、無数の牙を生やし耳のすぐ下まで裂けた大きな口からは喉まで届く血の塊のような真っ赤な舌が垂れ下がっていた。
無理に二足歩行している獣のような不自然な姿勢。
それが、この<少年A>が望んだ力の形だった。自分にとって不愉快な何もかもを破壊し、打ちのめし、蹂躙しつくす為の圧倒的な<力>。その力をもって、負ける筈のない相手を一方的に
くだらん。実にくだらん。
と、今の私は思ってしまう。まあ、たまに、そういう気分になることもなかった訳じゃないがな。それでいくつの星を滅ぼしたか、自分でも忘れてしまった。私のそういう部分がこいつに影響を与えているのだろう。
だが今は、そういう気分じゃないのだ。今は割と大事にして、観察したいという気分なのである。
もっとも、その気分も、ほんの数秒後にはまったく別のそれに変わってしまうことがあるのも、私という存在ではある。
などと、そんなことはさて置いて、<少年A>は、何かに気付いたようにハッと視線を向けた。その先にいたモノ。
林の木々の陰から湧き出るようにしてすうっと人影が現れた。それまで気配を消していたことで、そんな風に見えてしまったのだ。
それは当然、あの<木刀を手にした中年サラリーマン>だった。
「ギイッッ!!」
男の姿に気付いて<少年A>(いや、こんな姿になってしまってはもはや<少年>ではないか。ただの<怪物>でいいな)は、しつこい男に対してただひたすら憎悪を高ぶらせていた。
まあ、気持ちは分からんでもない。
善人ぶりながら我が子をロボットのように操ろうとした両親と、そんな両親の味方しかしない世間など、こいつから見れば自分の心を殺そうとしている<敵>でしかなかっただろう。しかもそいつらは、自らを正しいと信じて疑わない。
そしてこいつも、その両親をはじめとした世間を実によく見倣って、『自分こそが正しいことをしようとしてる』と信じ込んでいるのだ。
くくく。<正しさ>の押し付け合いか。
世間は<少年A>こそを責めるだろう。だがそんなものは、己の正しさを押し付ける為に<悪>を作り出すという、性質の悪いマッチポンプでしかない。
この元<少年A>を被害者だと言うつもりなどないが、こいつの両親もまた、被害者などではないのだ。
加害者が次の加害者を作ったに過ぎないのである。
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