類は友を呼ぶ

「何それ? どういうこと?」


私が新伊崎千晶にいざきちあきに対して、私のもう一軒の家との間を行き来すればいいという言ったことに、月城こよみが反応した。そこで私は、


「せっかくだからついでに教えてやる。こっちにこい」


と他の連中にも促して、風呂場やトイレのある奥へと移動した。そこにある掃き出し窓を開けると、その向こうにはまた部屋があった。


「え? 何これ? この家こんな作りなの?」


月城こよみはそう言ったが、そのすぐ後でどういう仕組みになってるのか気付いたようだ。


「あ、そっか。これ、別の家に繋がってるんだ」


肥土透も感心したように、「へえ、すごいな」と声を漏らした。


もう一軒の方の家の窓から外を覗いた新伊崎千晶が、「あ!」と何かに気付いた。


「ここ、私がいつも通る道じゃん」


そういうことだ。


「玄関の鍵は開けておいてやる。開いてなければチャイムを鳴らせ。家の中を通ればショートカットできる。どうだ、便利なものだろうが」


「いいなあ~」とか月城こよみがこぼしたが、お前、空間跳躍は数メートルが限度でも、その気になれば何度か飛び跳ねるだけで学校に行けるだろうが。何を羨ましがっとるか。


しかしそれ以上に気になることに気付いたようだ。


「って、あんた! 二軒も家持ってるの!?」


とか、今頃か!


「言っておくが、今の私は結構な資産家だぞ。今はもうほぼ人任せで放置だが、しばらくの間デイトレードで集中的に稼いだからな。現金だけでも数億の預金がある。別に現金などなくても何とでもできるが、お前ら人間の都合に合わせてやろうというんだ。感謝しろ」


私がそう言った時の月城こよみの表情がまた、


『不条理ってこういうのを言うんだろうなあ…』


とでも言いたげなものだった。


だがその時、一番反応したのは新伊崎千晶だった。私に縋りつくようにしてしがみつき、


「じゃ、じゃあさ、ちょっとお金貸してくんない!?」


その発言にはさすがにその場にいた全員が呆気にとられた。このタイミングで言うことか? 


だがまあ、そう言いたくなるのは分からんでもない。何しろこいつの家は今、経済的に大変だからな。


それを新伊崎千晶自身が説明する。


「妹が今、心臓の病気で入院しててさ。お金が要るんだよ。完全に治そうと思ったら心臓移植しなきゃならないらしいけど、外国行ってしなきゃならないし、その為には二億要るんだって」


しかしその言葉を、山下沙奈を除いた三人は少々懐疑的に捉えているのが分かった。基本的には底抜けにお人好しの月城こよみでさえそうだった。はっきり言って疑っているのだ。無理もない。こいつがやってたことを思えばな。だが、残念ながらこいつの話は本当だ。疑いの眼差しを向けている三人に向かって私は言った。


「こいつの言ってることは事実だ。こいつの妹は心臓の病気で、入退院を繰り返している。だから、その妹にかかりっきりの両親への不満から、こいつも、こいつの姉もひねくれてしまったのだ」


そう言うと、月城こよみと肥土透の表情が変わった。それまでのものと比べると明らかに同情的なものになっていた。だがまだ、黄三縞亜蓮の表情は『何甘えたこと言ってるの?』的なそれだった。この辺りの反応の違いがまた面白い。


まあそれはさて置いて、なかなか太いことを言いだした新伊崎千晶に向き直って私は言った。


「金を貸すのは構わんが、お前、返せる当てがあって言ってるんだろうなあ?」


それに対し、新伊崎千晶は「はあ?」という顔をした。


「別に、金なくても平気なんでしょ? だったらケチ臭いこと言ってないでさ。人助けじゃん。金持ってる奴が困ってる人を助けるのは当たり前だろ?」


さすがにその態度には、一旦は同情的な表情も見せた月城こよみと肥土透が呆れたような顔つきに変わった。目を合わせて『やれやれ』と頭を振る。黄三縞亜蓮に至っては、完全に渋い顔だ。


だが私は、ここまで開き直った奴は嫌いじゃない。嫌いじゃないが、敢えて言う。


「何を言っている。私から見ればお前達の苦労など、蟻が雨に打たれる程度の意味もない。大体、お前の妹と同じように病で苦しんでる人間は他にもいるんだ。なぜお前の妹だけ特別扱いしなきゃならん? 第一、お前、本当は妹のことなどどうでもいいんだろうが? 病気を理由に妹だけが両親に構ってもらえてるのが妬ましいだけだろうが?」


そうだ。苦しんでる人間は救われるべきと言うなら、救われなきゃならん人間はいくらでもいる。そういうのを全て救うことができるというのか? 救う人間と救わない人間をどう区別すると言うんだ? 


人間はすぐ、愛だの善意だのと口にするが、ならどうして全ての人間を平等に救わない? 実際にはできもしないことを妄想して少しばかりの善行をした気になって自分だけが満たされてる、ただの自己満足だろうが。笑わせるな。


そんな風に考える私に対して、新伊崎千晶は言った。


「ああそうだよ! あんたの言う通りだよ。でもそれの何が悪いんだよ! 目の前に利用できそうなものがあるんだったら利用するのが生きるってことだろ!?


確かに妹のことなんてどうでもいいさ。あいつばっかり親に構ってもらえてんのがムカつくだけってのはその通りだよ! だけどあたしだってあいつらの子供なんだよ!? それなのにどうして妹ばっかりなんだよ! 不公平だろ!」


一気にそうまくしたてた新伊崎千晶の目に、涙が滲んでいた。本当に感情が昂っているのが分かった。


『よくまあ、そこまで自分本位の甘ったれたことを言えるものだ…』


と、私は感心した。だがそれで確信したよ。なぜ、ショ=クォ=ヨ=ムイが貴様を依代にしたかが分かった。こいつ、私達に近いのだ。この自分本位ぶりと身勝手さ。あとはそれが招く結果を受け止められるようになれば、ほぼほぼ私達と変わらんな。もっとも、それが人間にはまずできんことだが。


私は言う。


「金を返す当てがないのなら、貸すことはできんな。


だが、お前が金を借りたい理由が、病気の妹が治って両親がお前のことも構ってくれるようなるということなら、いや、自分のことを構ってくれる人間が欲しいということなら、お前はもう、そういう存在を見付けたのではないのか? そこまで本音を吐露できる相手が見付かったのではないのか? 


ここにいる奴は皆、お前の性根や本性も知った。お前が行っていた悪行も知った。それを知った上で、お前に出て行けとは言わん。こいつらも、揃いも揃って身勝手な奴らばかりだからな。結局はお前と同類だ。お前はただの人間だが、既に私達の側に来てしまったのだ。お前が望むなら、いつまでもいればいい」


そうだ。月城こよみはそれこそもともと私の一部だったのだから、身勝手さでは基本的に私と変わらん。肥土透は、カルト宗教にハマった母親を助ける為でなく、あくまで自分の家を守りたいという自分本位な願いでエニュラビルヌとしての力を振るった。山下沙奈も、自分の母親やその内縁の夫だった男を殺しておきながら、その事実を認めたくないという手前勝手な願いで私に尻拭いをさせた。黄三縞亜蓮とて、死んだ姉の身代わりとして扱われたというトラウマに触れるという些細な理由で、人間にとっては災害級の危険をはらむカハ=レルゼルブゥアに憑かれた己の子を処分することを拒んだ。


いやはや、どいつもこいつも酷いものだ。そんなこいつらが新伊崎千晶の何を責められるというのか? 私達は所詮、似た者同士なのだ。普通の人間と違うところがあるとすれば、己の身勝手さを自覚しているという程度の違いだな。


新伊崎千晶。お前も己の身勝手さを自覚できるなら、私達と一緒にいることは可能だ。それを望むか否かは、お前自身が決めればいい。


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