エレーナ・シュミットの困惑

私は、小さな頃からアニメが大好きでした。特に日本のアニメのクオリティは素晴らしく、深い物語性とそれを支える演出の数々は、ただの<子供向けの娯楽>とは思えないインパクトでもって幼かった私を魅了しました。


だから私は、いつか日本に行ってアニメに深く触れたいと思ったのです。


アニメから日本語を学び、それを学校の勉強でさらに確かなものにして、SNSを通じて日本人の友達もたくさんできました。


それもこれも皆、アニメのおかげです。


でも、アニメの中で起こっているような出来事がもし現実に起こってしまったらそれがどれほど恐ろしいことか、私は思い知らされてしまったのです。


私と同じように日本のアニメに魅了され、共に日本に留学することを目指していた友達が、私の目の前で……


いえ、実際にはまだ死んではいないらしいです。私が聞かされた話では、私は今、二百万倍まで加速された状態なのでまるで世界が止まっているかのように見えてるんだそうです。その中で、突然現れた得体のしれない一つ目の黒い怪物が、私の友達の首に触手を伸ばし、命を奪おうとしていました。


二百万倍に加速された私は、まさに友達の命が奪われるその瞬間を目の当たりにしていたということでした。


「カタリーナを、デボラを、ヨハンを助けて!」


私の命を救ってくれた、アリーネというアメリカ軍人の女性に、私は縋りついて懇願しました。だけど、アリーネと一緒に現れた<クォ=ヨ=ムイ>という女性が、


「悪いが、それはできない相談だ。こいつの触手は既に頸椎まで切断している。即死だよ。今この瞬間に治療を始めたとしても間に合わん」


と、冷たく言い放ちます。その目は、まるで深淵から覗き込まれているかのように恐ろし気でした。


「う…あ……わぁああぁぁああぁーっっ!!」


告げられた事実を私は受けとめることができすに、ただパニックになっていたのでしょう。


「落ち着きなさい!」


叱責と共に頬をはたかれて、私は泣くこともできなくなってしまったのです。


しかも、アリーネは、今がどれだけ危機的な状況なのか、目先の犠牲に囚われていては自分の命も守れないということを懇々と説いてきて、私に考える暇さえ与えてくれませんでした。


だから何一つ納得できなかったけれど、私は彼女の指示に従って、ついていくしか選択肢は与えられなかったのだと思います。


ただ、そうして彼女に連れて行かれた先には、癌を患っているという男性と、その男性の次にこの異様な状況に巻き込まれたという大学に通う女性と、六歳の女の子がいました。三人はともに日本人で、私は思いがけず日本に来ることになったのです。




念願の日本にこられたというのに、私の心は晴れませんでした。


当然でしょう。こんな異様な状況に巻き込まれてのことなんて。


アニメの中ではどんなに恐ろしい現象が起こっても私は安全なところからそれを見ていただけですし、私の身近な人がそれに巻き込まれることもありません。


カタリーナも、デボラも、ヨハンも、アニメの中で何が起こっても命を落とすなんてことはなかった筈なんです。


私はもう、頭がおかしくなりそうでした。


ただ、それでも、ミホという女の子は、私が昔から好きだった変身ヒロインの今まさに現役のファンで話が弾み、いくらかは癒されたと思います。


また、大学生のアヤノは、ミホほどアニメは見てなかったようですが、とても優しくてそれも癒されました。


でも、彼女の様子を見てるとどうやらレズビアンかもしれないと思いましたが。


同性カップルの愛情物語も尊いですね。


また、後から加わったフィリピンの小学生、シェリーも、アニメが好きな子で、私とミホとシェリーとで集まり、大人達が怪物退治をしている間、大人しく待つことにしたのでした。


私もあの恐ろしい怪物の姿はもう見たくありませんでしたし、ミホやシェリーにも見せたくないと思いました。


それに、怪物退治を任されている、癌を患い、既にステージⅣだという男性が怪物を退治していく姿も痛々しくて見ていられません。


既に手の施しようがなく、終末医療を受けているという段階のその男性は、時間を追うごとにみるみる弱っていって、満足に立ち上がることもできないようでした。


アニメの中では奇跡も起こってそのような状態からも回復したりしますが、やはり現実ではそのようなことはないのだと思い知らされます。


私はただ、この悪夢のような出来事が早く終わって欲しいと願うだけです。


私の大切な友達を奪ったこの悪夢が。


ああ、本当に、ただの悪夢だったらよかったのに。私はベッドの中にいて、寝ぼけて目覚まし時計を止めてしまってて、ハッと気付いたら遅刻寸前で、頭には寝癖を付けたまま、トーストを食えて学校への道を必死に走り、出会い頭に素敵な男の子とぶつかって恋が始まる、なんていう話だったら、現実になってくれてもよかったのに……


どうしてこんなことになってしまったのでしょう。カタリーナが、デボンが、ヨハンがいったい何をしたというのですか? 命で贖わなければいけないことでもしたというのですか?


こんな理不尽なことが現実で起こるなんて、悲しすぎます。アニメの中で起こっても悲しいのに、それが本当になってしまうなんて……


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