入部

日守かもりこよみです。よろしくお願いしますです」


その日の放課後、私はさっそく自然科学部に入部する為に部室を訪れていた。三年で部長の代田真登美しろたまとみ、同じく三年の玖島楓恋くじまかれん、二年の月城つきしろこよみ、同じく二年の肥土透ひどとおる貴志騨一成きしだかずしげ、そして一年の山下沙奈やましたさなの全員が集まっていた。


私を前にして、代田真登美が呟くように言う。


「それにしても見れば見る程、月城さんそっくりよねえ。って言うか、同じ顔? 耳の形まで一緒だし。たとえ双子でも耳の形は違うって聞くけど、こんなこともあるってことかな」


耳の形が同じことに気付くとは、他の奴らよりはさすがに洞察力があるということか。しかしそれでもその言葉からは、『不思議なこともある』という驚きと少しばかりの興奮が感じられるだけだった。さすがに『同一人物である』という発想にまでは至らない。そんな代田真登美の言葉を受けて、玖島楓恋が相槌を打つように言う。


「本当、ただちょっと日守さんの方が幼い感じなのかな。背も小さいし」


私を覗き込むように体を前に傾けると、相変わらずの煩いほどの存在感を放つ驚異の胸囲が長机の上にのしかかり、圧力をかけるのが見えた。その一方で、その正面に座った、次期部長と目され実質的にこの部のナンバー3である月城こよみが苦笑いを浮かべる。


「そうですね。この世にはそっくりな人間が三人いるって言いますし。あはは…」


何とか誤魔化そうとしているようだが、誤魔化せていないぞ。人間共の『他人の空似に違いない』という思い込みに助けられているだけだな。


しかし、月城こよみの隣に座った肥土透と、その更に隣に座った山下沙奈は明らかに戸惑った顔で私を見ていた。


肥土透はエニュラビルヌでもあるが故に見ただけで私の正体を察知した上で、こうやって別人として自分達の前に来たことに困惑し、逆にゲベルクライヒナとしての力はその内面の奥深くに沈んでしまった山下沙奈は、私の正体までは見抜いていなかったがクォ=ヨ=ムイと瓜二つの私に驚いているのが分かった。


ただ、玖島楓恋の横に座っていた貴志騨一成は、相変わらず普通の女子からは明らかに生理的嫌悪感しか抱いてもらえないであろうムスっとした表情をしているだけで、私に関心があるのかどうかすら判然としなかった。


だがまあ、そんなことはどうでもいい。その場で入部届を書き、私は正式に自然科学部に入部したのであった。すると代田真登美が訊いてきた。


「日守さんはどういったことに興味があるの?」


その問い掛けに私は至極真面目に応えた。


「普通の人間の力では知覚できない、邪神と言われる存在やその眷属について興味がありますです」


私としては特に深い意図はなく最もそれっぽいことを言っただけのつもりだったが、私を見る月城こよみの表情が『抜け抜けと何言っちゃってくれてんの~』と言いたげだったのはすぐに分かった。それに対して肥土透は苦笑いを浮かべ、山下沙奈は少し興味を抱いたかのような表情をしていた。


なお、その山下沙奈だが、学校を休んでいた間に少々、変化があった。一番の変化は前髪だ、簾のように目を覆い、前髪越しに世界を見ていたのをやめ、バッサリと切って顔がはっきりと見えるようにしたのである。そして第二に、二センチほどではあるが身長が伸びたのだ。僅か二センチとは言え、一ヶ月余りでのことだと考えれば急激な変化である。


精神的に非常に強く抑圧されていたのが突然解放されたことにより、ホルモンのバランスが一時的に大きく変動したのだろうな。


故に、前髪と合わせて以前とはかなり印象が変わったらしく、彼女が山下沙奈であることにしばらく気付かない者も少なくなかった。しかも表情が明るく穏やかになったからか『美少女である』という評判も立ち、周囲の山下沙奈を見る目が大きく変わったということもあった。


とは言え、彼女を取り巻く環境には依然として厳しいものがあり、安穏としていられる状態ではなかったのだが。


とにかく、新しく入部した私にそれぞれ自己紹介を兼ねたそれぞれの活動報告をするという形でその日の部活は終了したのだった。


そして解散となった後、家に帰る為に校門に向かっていた私に、声を掛ける者がいた。


「クォ…じゃなかった日守こよみさん!」


気配で既に分かっていたから確かめるまでもないが、月城こよみだった。その隣には肥土透の姿もあった。そう言えばこの二人、付き合ってるとまではいかないが、最近、妙に親密らしいな。まあ、他人には話せぬ共通の秘密を抱えてるからそういう意味でも近い存在ではあるだろうが。そんなことを考えていた私に、月城こよみが言う。


「心配なら家まで確認しに来いって言ってたわよね。じゃあ早速行かせてもらおうかしら。あなたが何を企んでるのか、じっくり聞かせてもらうわよ」


だと。なるほどいい度胸だと今は褒めておこう。もはや私とは比べるべくもないささやかな力しか使えんお前が何をできる訳でもないが、私としても別に悪巧みをしている訳でもないからな。隠し立てしなきゃならんことは何もない。良かろう。来るがいい。


とその時、私の視界にもう一人見覚えのある姿が捉えられていた。山下沙奈だ。


「その後の調子はどうだ? 見たところ元気そうで何よりだが」


立ち話をしていた私達のところに近付いてきた彼女に、私はそう声を掛けた。その口調に、山下沙奈は明らかに驚いた表情を見せて、思わず声を発した。


「もしかして、先輩…なんですか?」


さすがに気付いたか。


「そうだ。私の方がお前の一件に絡んだクォ=ヨ=ムイだ」


お前の手足を潰してダルマにしたクォ=ヨ=ムイだよ。とは言わずにおいた。まあ言ったところで今の山下沙奈が気にするとも思えんが。だがその私に月城こよみが言葉を重ねてきた。


「そうなの。私は、山下さんの事件のことは何も知らなくて。ごめんね」


そうだ。こいつは何も知らん。だから山下沙奈に対して何も言えず、しかし全くの無関係でもないからどう対応していいのか困っていただろうな。ようやくその重しが取れたというところか。それを裏付けるかのように、山下沙奈が顔の前で手を振りながら応えた。


「そんな…私の方こそ知らなくてすいませんでした」


別に私たちの事情を知らんのはこいつの所為じゃない筈だが、相変わらずお人好しな奴だ。だが、それがこいつなのだから仕方ないか。そんな山下沙奈が、微妙な顔をしながら呟くように言った。


「でも…なんだか、変な感じです……」


まあ、人間にしてみればそう感じても仕方ないか。本来の月城こよみの姿をしてる方は事情を知らず、山下沙奈が知っている筈の私は微妙に姿を変え名前まで変えているのだからな。だが山下沙奈の言葉がよほど共感できたのか、月城こよみは腕を組みながら深く頷いた。


「だよね~…」


ふん。好きに思えばいい。それよりもだ。


「山下沙奈。今から皆で私の家に行くんだが、お前も来るか?」


と私は訊いてみた。ものはついでだ。私の家を確認しておいてもらった方がいろいろと都合もいいだろう。その私の申し出に、山下沙奈は少し戸惑った様子を見せた。


「…でも私、施設だから時間とか…」


その言葉に、月城こよみが表情を曇らせた。


「そっか、山下さん、今は施設から通ってるんだったっけ…」


そうだ。母親が逮捕され拘留中だからな。万が一釈放されたとしてももう一緒には住めないだろう。何しろ山下沙奈に対する一番の加害者なのだ。山下沙奈本人ももうそれは望んでない。殺してしまったことは悔やんだが、実際には恨みも深いのだ。もはや一緒に暮らすことなど二度と望まないと考えているのは、私にも分かっていた。


私は言った。


「心配要らん。学校のすぐ近所だからな。今日は場所だけ確かめればいい」


すると山下沙奈が私を見て、「はい」と頷いた。頬が上気してるのが見て取れた。本当は同行したかったのだろう。ただ生真面目な性格から、施設側に言われたことがどうしても気になってしまう奴なのだ。


そして私達は、会話に入るタイミングを失して一言も喋れなかった肥土透も伴って、私の家に向かったのだった。


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