日守こよみの章
転校生は、邪悪なる神?
新学期が始まり、学校にいつもの賑わいが戻ってきたのを感じつつ、私は、夏休み前の騒動をふと思い出す。
特に、月城こよみと<もう一人の私>が絡んでいた方の一連の騒ぎをしみじみと。
まったく、私の知らんところで何をしていたのかと思えば、随分と楽しそうなことをしてたじゃないか。しかもそのせっかくの記憶を同期することもなく消えただと? バカな奴だ。まあ、いずれ私のところに還って来るがな。それまではお預けという点だけが残念ではある。
ただし、ギビルキニュイヌに食われた人間については知らん。と言うより、そいつらは果たして巻き戻されることを望んでいるのかっていう点でも疑問だ。まあ、子供については巻き戻してやって、警察署の前に放り出してきてやったが。
ただそれも、テレビでもそのニュースをやっていたが、保護者は現れないそうだ。十分に予測された事態だったが、今後その子供がどういう人生を歩むのかは、私の知ったことではない。ホームレスのものと思しき骨については、塵に返してやった。骨が発見されて騒ぎになったところで何も解決せんからな。
そもそも、ギビルキニュイヌについてはもう一人の私に<
それより私にとって重要だったのは、そのおかげで結局、あちらの月城こよみが本人として生きるということになってしまった訳で、私の人間としての生活基盤が無くなってしまったということだった。だから私は一計を案じたのだ。
「今日からこのクラスに来ることになった、
夏休みが明けたばかりのある日、朝のホームルームの時間に担任教師に、クラスの前で私はそう紹介された。クラスの全員がざわついている。当然だろう。見た目は月城こよみそのままなのだからな。ただ、髪型を腰までのロングヘアにしてそれを後ろで編み、一年分ばかり肉体を巻き戻して若干幼くしたりはしたが。
もちろん、一番驚いていたのは月城こよみだった。目を大きく見開き、開いた口が塞がらないとばかりに間抜けな顔を晒して私を見ていた。
「日守さんは外国の生まれなんだが、この度、ご両親の意向で日本の学校に通うことになったそうだ」
という教師の説明に、いかにも『はあ!?』と言いたげな顔を私に向けてきた。
「じゃあ、自己紹介してもらおうかな」
と教師に促され、私は月城こよみを無視し、
「初めまして。今日から皆さんと一緒に学ばせていただくことになった日守こよみです。日本の習慣とかにはまだまだ不慣れなのでご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いしますです」
などとわざとたどたどしい言い方で自己紹介し、深々と頭を下げた。
その後、席に着いた私に、月城こよみが話し掛けてきた。
『ちょっと、何のつもり、クォ=ヨ=ムイ!?』
さすがに声に出すわけにはいかんから私の意識に直接ではあったがな。だから私も直接意識に語り掛ける。
『何のつもりも何も、見ての通りだ。お前が月城こよみに戻ってしまって私の居場所がなくなってしまったからな。自分で作ったのだ』
事実だけを端的に述べる。しかし納得できなかったようだ。
『どうやって?』
という問い掛けにも、端的に応える。
『別に心配せずとも記録と書類と何人かの人間の記憶の一部をいじっただけで、他に強引なことはしてはいない』
これも事実だ。それでも信じられないらしい。
『本当でしょうね?』
いささかしつこいと思ったが、まあこんなものだろう。
『そんな嘘を吐いて何の意味がある。家も学校の近所の空き家だったものを買った。築四十年、建坪十五坪の小さな家だが、一人で住むには十分だ。心配なら自分の目で確かめるがいい。案内してやるぞ』
これもまた事実だ。
『買ったって、お金は!?』
まったく、人間というのは本当につまらんことに拘るな。
『デイトレードでちょいちょいと。架空口座だが、マネーロンダリングも完璧だ』
このくらいのこと、私には造作もない。
『それって、犯罪だよね』
意識に直接話しかけているのだから必要もないのに声を潜める感じで言ってきたが、私は気にせず答えた。
『そうだ。だが誰も傷付けたりはしていない。そもそも私に人間の法律は無意味だ。ここまで合わせてやってるだけでも感謝してもらいたいものだな』
結局はそういうことだ。人間の法律は人間しか縛れない。その気になれば人間など地球ごと消し去れる私を縛れる法律など存在しない。それは十分に承知してるだけに、理解するしかないのだろう。声に勢いがなくなる。
『それはそうだけど…』
ふん、どうやらこれまでのようだな。無駄な時間を費やしたものだ。
『話はそれだけか? なら、よろしくな。月城こよみさん』
そう応える私に不穏な空気が伝わってくる。理解はできても不満しかないようだ。
『ぐぬぬ…でも…』
それは、反論というよりは話題を変えようとする為の『でも』だというのが分かった。だから私も応じてやったのだ。
『ん?』
と意識を向けてやると、月城こよみはきっぱりと言い放った。己の決意を、覚悟を、真意を、私に伝えようとするかのようだった。
『でも私は、あなたをあのクォ=ヨ=ムイと同じとは認めないから』
あのクォ=ヨ=ムイと来たか。お前の本体だった方のということだな。しばらく同期しなかっただけで、お前にとってはそんなに違いが生じていたってことか。
確かに、夏休み中に何度か顔を合わせたときにも、こいつは、私に対してはある種の壁を張り巡らせていたのは察していた。親しげに振る舞いながらも、それはあくまで上辺だけだっただろう。
だが私にとっては些末な話だ。だから冷酷に応えるだけだ。
『勝手にしろ。私にとっては何の問題もない』
その後、月城こよみはもう何も言わなかった。ただ黙って、私に対する反発を向けてくるだけだった。
存在を消し、誰にも大っぴらに干渉せず、ただ大人しくしているだけなら見逃せても、こうやってあからさまに人間に関わってくるようなら看過できんということだと思われる。
しかしそれには取り合わず、ホームルームが終わって授業が始まる僅かの間に周りに集まってきたクラスメイトの相手をした。
「ずっと外国にいたのに日本語上手だね」
「外国って、どこにいたの? アメリカ? フランス?」
などと他愛ない質問を並べてくる者の中に、誰もが一番に訊きたいと思っていたであろうことを言ってくる者もいた。
「あなたも『こよみ』って名前なんだね。あの子もこよみって言うんだよ。名前が一緒で顔までそっくりなんて、こんな偶然あるんだね、月城さん」
そう言った女子生徒が指さしながら視線を向けると、その場にいた全員が一斉に月城こよみを見た。
「そ…そうだね、不思議だね…」
こちらを見て応えるその顔は、明らかに引きつっていた。似ているどころではなく本来は同一人物なのだから、無理もない。
しかしこういう時も人間は、自分達に理解できないことがあると、勝手な解釈を加えて分かったような気になる習性を発揮するのだなというのを私は改めて感じていた。
客観的に論理的に合理的に見比べれば、完全に同一人物であるということはすぐに分かる筈だ。何しろ、髪型が違うことと少し幼いことを除けば、耳の形を含めた全ての外見的特徴が一致するのだからな。だが人間にとっては同一人物が複数存在するという現象が理解できないのだろう。だからそれを<他人の空似>と勝手に解釈して理解した気になっているのだ。
まったくもってやれやれだよ。
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