あるJC2のお宅訪問
私の家は、本当に学校からすぐ近く、いやほぼ隣と言ってもいい場所にある建売住宅の一軒だった。校舎によってはほぼ丸見えになるほどの位置だ。校門からならゆっくり歩いても一分程度しかかからない。校門前の道から路地に入るとすぐに、ほぼ同じ作りの家が並んでいた。そのうちの一つが私の家だ。
「え? これがあなたの家?」
門もない、玄関が直接道路に面した狭小住宅を見て、月城こよみが思わず声を漏らした。無理もないか。こいつの家は豪邸とまで言わないがそれなりの大きさがあるからな。本来、私がそこに住んでいた筈がこの月城こよみが今は自分の家として住んでる訳だが、それに比べると確かに「これが?」と思ってしまうのだろう。
「そうだ。だがこれで全く過不足ないぞ。私一人だからな。個室と思えば十分に広い」
私がそう応えると、月城こよみは「あ、そうか」と納得したようだった。
きちんと人間として鍵を使ってドアを開け、
「あ、綺麗」
月城こよみがそう呟いたように、外見に比べると中は綺麗にリフォームされ、古さは全く感じさせなかった。天井は梁などをわざと見せてデザインの一部とする手法がとられ、横方向の数字上の広さ以上の空間的な広がりがあるように錯覚させる作りだった。一階の大部分はリビングダイニングとキッチンで占められて、奥にトイレと浴室がある。玄関を開けてすぐ丸見えになるというのは気にする人間もいるかも知れんが、私は気にしないから何も問題はない。
寄り道は駄目だと気にしていた山下沙奈も、「おじゃまします」と頭を下げながら上がってきた。その時、ここまで話に入ってこれなかった肥土透がようやく口を開いた。
「ここに一人で住んでるって、逆に羨ましいよな」
それは本気でそう思ってるというのが感じられる実感の込められた言葉だった。まあこいつの場合は、カルト教団に入ってた母親が戻って来たとは言っても、それで何もかも無かったことにして家庭円満とはなかなかいかんだろうから、居心地が良いとは言い難いというのもあるのだろう。
「ついでだし二階も見るか?」
狭小住宅でありながら階段の取り回しにも工夫がされ、それほど急なものにはなっていないが、とは言え学校の階段よりは急であり、膝丈のフレアスカートでは下の人間からは中が見えてしまう。しかし私はそんなことは気にしないからそのまま上った。すると月城こよみが怒ったように声を発した。
「ちょっと、クォ=ヨ=ムイ! 少しは隠しなさいって!」
その声に振り返ると、私のすぐ後ろにいた肥土透が下を向いてなるべく見ないようにしているのが分かった。さらにその下から上ってくる月城こよみが私を睨んでいた。男子がいるのだから少しは気を遣えと言いたいのだろう。しかも月城こよみにしてみれば私の体はそのまま自分の体な訳で、私の体が見られるということは自分の体を見られるのにも等しいという事情もある。
「ふん、私の勝手だ。見られて困るものでもない」
と取り合わない私に対して、
「あんたが良くても私が困るっての!」
と不満を漏らした。そんなことを言ってる間に二階に上がると、そこも建坪十五坪という狭さを感じさせない作りの部屋になっていた。元々は六畳と四畳半という間取りだったものをしきりをなくして一部屋とし、しかも一階と同じく天井が高くとられ、一部がロフトになっており、そこが寝室にもなっている。
部屋をぐるりと見まわした山下沙奈が声を漏らした。
「素敵ですね」
それに月城こよみも反応する。
「ホント。確かにこれだったら一人で住むには十分すぎるかも」
だが、そんな二人に対して肥土透は別の印象を持ったようだった。
「でも、ちょっと殺風景かなあ」
まあ確かにな。必要なもの以外は何も置かんから、むしろガランとした印象もあるかも知れん。とその時、
「でしょう? 私ももっと女の子らしく可愛い部屋にしたらって言ってるんだけど、聞いてくれなくて」
壁に掛けられた40インチのテレビモニターが突然点き、そこに少女の姿が映し出された。
「え?
「石脇!?」
月城こよみと肥土透が同時に声を上げた。この二人は、
「誰ですか…?」
小声で私にそう問い掛けてくる。そうか、お前が見た時には私にダルマにされてそれどころじゃなかったからな。覚えてないか。
「あ~、やっぱり覚えてないかな~。私は自然科学部の部員だった二年の石脇佑香。こうなってからも一度会ってるんだけど、気付かれてなかったか~」
と、説明しようとした私を差し置いて、石脇佑香は話を始めた。
「実は私、今、ネットを通じて話し掛けてるの。というのも私ね、部室の前の鏡に閉じ込められててさ。でもネットとかを通じてだったら、こうやって普通に話もできるんだよ」
仕組みとしては単純なものだ。無線LANの電波からインターネットに侵入して、同じくインターネットに接続された私の家のPCをリモートアクセスで操作し、ディスプレイでもあるテレビモニターに自分の映像を表示させているというだけの話である。ちなみに、今、石脇佑香が使っている無線LANは、私がこの家に設置したものだ。この小さな家で使うには少々過剰な性能の無線ルーターを学校側の窓際に付けて電波を拾いやすくしているのである。
もっとも、それでも普通の端末では電波が拾えるようなものではないが。石脇佑香だからこそではある。
月城こよみと肥土透は、石脇佑香が鏡に封じられるようになった経緯を知っているからその説明だけで理解できたようだが、山下沙奈は石脇佑香そのものの記憶を失ったままだから、まず『あなたは誰?』状態になっているのだった。だから私が説明してやる。
「こいつは、お前と同じ自然科学部だったんだが、本人が言った通り今は部室の前の鏡にデータとして焼き付けられた状態でな。その際にこいつのことを知る全ての人間の記憶からも存在が消えたんだ。もちろんお前の記憶からも消えている。だから思い出せないという訳だ」
それでようやくある程度の事情が把握できたらしく、山下沙奈は慌てて石脇佑香に頭を下げた。
「ごめんなさい、忘れてて」
忘れているのも別にお前の所為じゃないんだが、やっぱりお人好しな奴だな。もちろん石脇佑香もそんなことは気にしていない。
「あ~、いいのいいの。私、こうなれてむしろ幸せだから」
そうなのだ。こいつは鏡にデータとして焼き付けられ、私達側の存在になったことで逆に人間としてのしがらみから解放されたことを喜んでいたのだった。その為、以前の山下沙奈ほどではないが内気で人見知りで他人とのコミュニケーションが得意ではなかったその性格が一変し、今ではすっかり人懐っこくて少々押しの強いキャラクターになってしまっていたのである。一時期、人間性を完全に失い怪物と化して人類を滅ぼしかけたりもしたが、幸いにも、現在の<データとしての自分>の自我を確立することで、全く新しい石脇佑香という名の存在として生まれ変わることができたのだった。
こうして、私の新しい家に、超常の存在となった私達は集まったのである。それは、この家が私達の今後の拠点となるという意味でもあった。
私を見詰めながら、月城こよみは言った。
「確かに何か企んでるって感じはしないけど、私、まだあなたを信用してないから」
ふん、好きにしろ。
私は、ニヤリと唇の端を吊り上げていたのだった。
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