暗殺者の誤算
自分に意識を向けさせその隙に使い魔を放つ、か。
だが残念ながら相手が悪かったな。根っからの刑事である
「……!」
レイレーネと呼ばれた女は忌々し気に顔を歪ませた。今川はレイレーネの様子を窺いながら靴を履き直し、少しずつ間合いを詰めた。床に落ちた黒い針を靴で払い除けながら近付いていく。靴を履き直したのはその為だな。針に毒を仕込むくらいのことは十分に想定できた。靴下のままでそれを払い除けては危険だと判断したか。
今川のその様子を見たレイレーネの目元が微かに反応した様子に、当てが外れたという苛立ちが透けて見える。本当は舌打ちの一つもしたかったのだろう。
だが、今川の方にも多少の焦りがあった。実は私には分かっていたのだが、
もっともそれは、レイレーネも同じらしいが。隠れ蓑のおかげである程度は威力を軽減出来ていたが、完全には防げなかったのだろう。
故に今川は、わざとゆっくりと間合いを詰めることで自らの回復を図っているというのもあった。呼吸を整え全身に充分な酸素を送り込み、自身を更新する。
しかしそれにしても、今川の奴、大活躍だな。私と
じりじりと、今川とレイレーネの間合いが狭まっていく。
レイレーネの方は一見すると丸腰にも見えるが、
今川が更に足を前に出した時、レイレーネの眉が微かに動いた。それに気付いた今川が足を止め、前に出そうとした足を僅かに横にずらして置いた。その瞬間、今川が履いていた靴から何本もの針が生えた。いや、下から貫いた所為でそう見えたのだろう。レイレーネの口元に邪悪な笑みがこぼれた。だがその笑みは、次の瞬間には固まっていた。足を串刺しにされた筈の今川が、自分の目の前にいたからだ。通路の床に、串刺しにされた靴だけが残されていた。
「イィエェェーッッ!!」
今川の猿叫が通路を叩き、それと同時にレイレーネの左の肩口から右の腰に掛けて、刀が奔り抜けるのが見えた。今川がプリムラと同じように袈裟懸けに切り伏せたのだ。
「な、あ…!?」
レイレーネは、プリムラがどうなったのかということを自らの経験で知ることとなった。
「私の、私の魔法が…!?」
魔法を失ったことを理解したレイレーネの顔が醜く歪み、
「あああああ!!」
と叫び声をあげて走り去ろうとした。錯乱状態だ。
無理もない。ここの連中にとって魔法を失うということは、ただ死ぬだけよりも恐ろしいことだからな。
魔法があるが故に自分に対して恨みを抱いている人間がいたとしてもそれに対抗できるのが、その術を失うということだ。それが何を招くのか、こいつらは骨の髄まで知っている。
その時、背を向けたレイレーネに向かい広田がマグナムを構えた。逃がしてはマズいと思ったのだろう。その気配を感じた今川が振り返り、声を上げた。
「馬鹿! 止めろ!!」
プリムラの時に撃たせたのとは事情が違う。あの時は通用しないことを察した上でそれを確認する為に撃たせたのだ。しかし今のレイレーネはただの人間の小娘に過ぎん。
だがその制止は間に合わなかった。ガーンという銃声と共に魔法を失ったレイレーネの背から、弾けるように血が飛び散った。
「ちっ! 何をやっている。ゲームが台無しだろうが」
私は舌打ちをしながらレイレーネを巻き戻した。コンティニューということだ。即死ではなかったが、あのままにしていれば一分も持たなかっただろうから止むを得なかった。
しかし、広田に対する私の懸念はその通りになってしまったか。こいつ、力を得ると極端に自制心が下がってしまうのだ。
「馬鹿野郎! お前、刑事だろうが! 刑事の仕事は子供を殺すことじゃない!」
今川に叱責され、広田はしょげかえっていた。プリムラの時とは違うことを、撃った後で広田自身も察したからだ。
もっとも、今川が言ってることも現在の状況を考えれば的外れもいいところだがな。相手は地球の法律に従って生きる者ではないし、元よりこちらを容赦なく殺しにかかってるような連中だ。
だがこれは、今川自身の矜持の問題ということだろう。こいつらが置かれている状況は確かに苛烈ではあるが、私という、ゲームバランスそのものを破壊しうるジョーカーがいる以上は所詮は真剣なゲームですらない。縛りプレイを楽しむ単なる余興なのだ。
そんな余興で子供を殺すというのは、やはり有り得ないといことか。本当に命を懸けたサバイバルではないのだから。
だがこれで、広田はイメージは強いがそれは破壊的な部分に特化しており、今川のそれほど信念に基づいたものではないということが確認できてしまったな。
「やっぱりお前、刑事に向いてないんじゃねえか? 取り返しのつかないことをしでかす前に身の振り方を考えろ。俺達は法の犬だ。犬は自分では裁かない」
…ふん。以前の事情聴取の際には自分が描いたシナリオに私をはめ込む為に誘導してるのだろうと思っていたが、こいつ、意外とわきまえてるじゃないか。
まあ、あの時は私は露骨に不審だったし状況証拠的にはかなり濃いグレーだったからな。少しは見直してやってもいいのかも知れん。少なくとも
慌てふためくだけの赤島出姫織と新伊崎千晶を見ているよりは面白い。改めて、良いコマだと思えてきたぞ。
反面、今川の小言にうなだれている広田はと見ると、初めの方こそ落ち込んだようにも見えていたが、しばらく小言が続くうちに、実際はただ口煩い先輩刑事の説教を受け流しているだけだというのが態度に出てしまっていた。駄目だこいつ。
まあそれはさて置いて、気を失ったレイレーネをその場に残し、先に進む。すると、通路が終わり外に出るところだった。新伊崎千晶と広田で周囲を牽制しつつ様子を窺う。
そこは中庭のような場所だった。姿は見えないが気配は感じる。奴らが私達を見ている気配を。
「学長室とやらはどこだ?」
私が問い掛けると、赤島出姫織は、西洋風の城を思わせる建物の最も高い塔を指さし、「あそこ」と応えた。そうか、取り敢えずはそれを目指せばいい訳か。
だがその前に、今のままでは、ドラゴンを使っている新伊崎千晶はともかく赤島出姫織はただの足手まといに過ぎん。ドSキャラもいいが、もうちょっと実用性のある力の使い方をしてみせろ。
ということで、ドSキャラに相応しい装備を施してやった。殆ど尻が丸出しになったボンデージ風のコスチュームを模した<強化服>だった。これで筋力も防御力も桁違いだ。まあ見た目にはそうは見えないがな。
「な、なによこれぇ!?」
あまりに破廉恥極まりない恰好に、赤島出姫織は顔を真っ赤にして叫んだ。
「お前にお似合いの強化服だ。心配しなくても、肌が露出してるように見えて実はお前の肌じゃない。単に雰囲気作りの演出だ。触ってみろ。肌に直接触れてる感じはせん」
私に言われて赤島出姫織が、肌に見える部分を指で突いてみた。すると確かに、服の上から触れてるような感触があった。
「あ、本当だ。でも、だからってこれは…」
露出してるのが自分の肌じゃないと分かっても見た目には完全に色ボケ痴女状態なだけに、赤島出姫織はなおも顔を真っ赤にしていた。今川は呆れて視線を背けてるが、広田はちらちらと見てしまっている。その広田に対しても、私は容赦がなかった。
「頼りないのはお前も同じだからな」
そう言って、戦国時代の鉄砲足軽をイメージした強化服にしてやったのだった。
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