召喚

肝試し大会が始まり、校舎のあちこちから悲鳴が上がる中、私は一人見回りを行っていた。途中、代田真登美しろたまとみ玖島楓恋くじまかれん及び貴志騨一成きしだかずしげの3人が、ゾンビの恰好をして参加者をおどかそうとしている様子が見えたが、さすがの気合を見せていた代田真登美はともかく、ゾンビにしては生きの良すぎる脅威の胸囲の存在感が斜め上を行っている玖島楓恋と、置物の狸のごとき福々しい体格が全てを台無しにしている貴志騨一成についてはただのおまけの様にしか思えんかったな。


だがそれはどうでもよくて、私が見る限りでは、それこそ単体では何の害もないような低級な者共がまるで誘蛾灯に誘われる虫の様にいくらか集まってきている以外は特におかしなところも確認できなかった。にも拘らず、不可解な気配は薄まるどころかますます強くなっていく気がするのだった。


何と言うか、まるでこの学校そのものを足場に何かが形を成そうとしているかのような……


まあそれも気になるのだが、さっきから、本来は単なる通路であり何のイベントの無い筈の、自然科学部部室前の廊下の辺りから何度か悲鳴が聞こえるのだが、あれは何だろうな。


何が原因かなど、確かめなくても分かっている。あれほど釘を刺しておいたというのに何をやっているんだか。確かに肝試しの出し物には最適な存在ではあるだろうが、全くもってやれやれだ。


そういう若干のイレギュラーはありつつも、全体的には滞りなく肝試し大会もそろそろ終盤に差し掛かった頃、私は屋上から学校を見下ろしていた。例の気配は今もある。とは言え何か大きなことが起こりそうな予感を抱かせるほどのものでは結局なかった。


だが、最後の組が出発し、校舎に入ったその時、私はそれまでとは全く違った気配を感じたのだった。


この、空間が引っ張られ皺になる感覚は……


それは、何者かが化生を呼び寄せる為に召喚術を使っている気配だった。しかも近い。学校の敷地内だ。


バカな! この学校には召喚術を使えるような者などいなかった筈だ。そんな者がいれば私が気付かない筈がない。まさか外部の者が学校に入り込んで…? いや、それも考え難い。それでも準備の段階で気付く筈だ。なのにそれは、本当に突然だった。何の前触れもなく唐突に開いたのだ。


まさか、先程から感じていたおかしな気配はこれだったのか? いや、それにしても曖昧過ぎる。明らかに明確な意図をもって召喚術の準備をしている気配ではなかった筈だ。


人間が私達の側の存在を召喚するには、決まった手順と準備がいる。人間の力では弱すぎて、条件が揃わないとそもそも発動しないのだ。人間が一つのことに強く集中すると非常に小さな力場が生まれる。それ自体は静電気の数万分の一程度の微弱なものでしかないが、条件さえ整っていればその力場が人間の世界にも普段から当たり前の存在する虫のような弱い化生に作用し、その力でさらに上位の存在に影響を与え、それがまた更に上位の存在に働きかけ、そこでようやく空間を操作したり、別の次元に存在する者を呼び寄せたり出来るようになるのである。


だからその条件を整える為に日時の指定や下準備が必要になるのだ。にも拘らずそういうものが全くなく、少なくとも私に感じられるほどのものは全くなく、極めて突然にいきなり開かれたのだ。こんなことは、今思い出せる範囲では初めてだ。


クソッ! どこだ!? どこに開いた!?


その時、それまでのどこか歓声に近い緊張感のない悲鳴とは全く異なった、本当に命の危険を感じた人間が出す断末魔の叫びに近い喉が裂けるような真の悲鳴が響いてきた。それが聞こえた方を見る。


「ッ!!?」


それは、自然科学部の部室と石脇佑香の鏡がある校舎だった。まさにそれらがある廊下に、何かがいたのだ。白く、そして教室一つ分ほどもある大きな影だった。そして私は見た。トカゲを思わせる細長い体に六本の足を持ち、長い尻尾と、胴体とほぼ変わらない太さと長さの首を持つ異形の獣の姿を。しかもその獣がまさに女子生徒を捕食する様を。


私は空間を飛び越え、一瞬のタイムロスもなくそいつの脇に立ち、同時に手加減のない一撃をくらわしてやった。ゲベルクライヒナの四肢を粉砕したあれだった。


だがそいつの体は異様な弾力性と強靭さを併せ持ち、私がイメージしたように消し飛ばなかった。それでも、そいつの体は壁を突き破り、教室へと転がった。しかしそいつは六本の足を巧みに使い、すぐさま身を起こして私の方に首を向けた。その先端にある大きく裂けた口には、女子生徒が銜えられていた。噛み千切られたその体から下半身がぼとりと床に落ちる。それは垂れ下がった腸で辛うじて銜えられた上半身と繋がっている状態だった。が、そんな状態になってもその女子生徒はまだ絶命してはいなかった。とは言え、断末魔の痙攣を起こしているからにはもう数秒の命だろうが。


「悪いが、うちの生徒をお前にくれてやるわけにはいかんな」


私はそう言いながら懐に飛び込み、そいつの首に右の拳を捩じり込んでやった。今度のそれは、先程の粉砕する為の攻撃から内部を掻き回す攻撃へと変える。


その狙いは的中し、そいつは内側からの衝撃波にたまらず女子生徒の体を吐き出す。それと同時に私はその女子生徒の体に起こった変化を巻き戻し、抱き抱えた。


名前は知らんが、確か隣のクラスの女子だった。その女子を教室の外へと放り出す。少々乱暴だが丁寧にやってる暇がないのだ。


白いトカゲもどきは今度は私を食らおうと、首を奔らせてくる。もっとも、そんなことはさせてやらんが。


再び私と白いトカゲもどきが正対する。ああ、そう言えばこいつの名前は、エニュラビルヌとか言ったかな。そして私は気が付いた。そいつ、エニュラビルヌの口の上にある、体に比べてあまりにも小さな顔が私の知っているものであることに。


肥土透ひどとおるか…」


信じ難いことだが、とはいえ状況はある結論を示していた。エニュラビルヌの頭に浮かんでいる肥土透こそがこいつを召喚し、そして食われたのだということを。


エニュラビルヌは、トカゲのような見た目と言葉を話さないという習性とは裏腹に、自らの食ったもののライフマスクをその体に浮かび上がらせてコレクションにするという<趣味>を持っていた。別にそんなことをしなくても自らの存在に何の支障もないのだが、その必要のないことを敢えてやるというのは、まさしく趣味と言えるものだった。


先程食われかけた女子生徒の顔はまだ浮かび上がっていない。私が間に合ったからだ。だが既にライフマスクが浮かび上がっている肥土透については、完全に食われてしまったということだがな。今のところ一人だけというのは不幸中の幸いだったか。何のつもりか知らんが安易に召喚術など使い、このような輩を呼び出してしまった肥土透本人にはこれが報いというものだ。


私に襲い掛かるエニュラビルヌに対し、私はもう一度内部を掻き回す攻撃を加えた。


それでさすがに敵う相手ではないと理解したのだろう。エニュラビルヌは教室の窓を突き破り中庭へと逃げ出した。頑丈な奴だ。だが私はこいつの弱点を思い出していた。火だ。こいつは大火力の炎には弱い。私は地面を見た。そして<G>と描かれた場所を見つけ出し、そいつの首を掴んでそこへと叩きつけてやる。地面が陥没し、同時にブシューッっと音を立てて何かが地面から漏れ出す。都市ガスだ。すかさず私は、硬質化させた爪先で壁を掻き、火花を飛ばした。


瞬間、中庭に巨大な火球が生まれ、爆発音と共に衝撃波が周囲百メートル以上を激しく叩く。殆どの校舎の窓ガラスが粉砕し、真っ赤に染まった学校に飛び散ったのだった。


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