校内肝試し大会(参加しない組の事情)
念の為、
また、今回の山下沙奈の件以降、
それでも、今までは肉体を持ち生理的な反応に影響を受けていた頃の記憶が無意識に言動として出ていたようだが、私に襲い掛かった山下沙奈の姿や、その後に聞いた境遇について、心臓が激しく鼓動を刻んだり胸がつかえるような感じがしたりという肉体そのものの反応が無いことに気付いてしまったようだ。
具体的な変化としては、それまで私に対してはやけに丁寧な言葉遣いだったものがいわゆるタメ口に近いものになったというのが一番か。肉体を持った人間なら私に対して恐れを抱いていたら身体的にも緊張や発汗や動悸といった形で自分が怯えていることを自覚させられる訳だが、今の石脇佑香にはそれが無いのだ。故に、いささか私を舐め始めている気もする。
「今の月城さんて、何だかしゃべり方がオジサンみたいだよね~。あ、そうか、今はクォ=ヨ=ムイさんだからかな」
とかな。これは一度、どちらが上位の存在かということを再度認識させてやらねばならんかなと思いつつ、ちょいと睨んでやったら若干マシになったから取り敢えず今は様子を見ることにする。
まあそれはさて置き、今日は金曜日。夏休み前恒例の学内キャンプの日だ。参加するのは希望者だけだし、昔に比べて参加者も随分と減ったそうだが、それでも100人近い生徒が参加するそれは、学園祭や体育祭に次ぐ大きな行事と言えた。
元々はテントを張ったり自炊をしたりして生徒の自主性やサバイバビリティの向上を目指すという目的で始まったらしいそれも、今ではすっかり非日常を楽しむだけのものになっているようだったが。
中でも深夜の校舎を巡る肝試しは、目玉の一つのようだった。私は興味が無いしそれどころじゃないから参加しなかった。自然科学部で参加してるのは部長の
代田真登美と玖島楓恋は毎年参加しており、テントの設営もすでに手慣れたものだった。貴志騨一成は去年参加しておらず今年が初めての為、代田真登美と玖島楓恋の助けを借りて何とかテントを張った。本当ならクラスの人間とペアになる筈なのだが、相手がいないということで一人でやらされたのである。さすがは鉄壁の非モテ。そんな人間に対しても代田真登美と玖島楓恋は普通に接してくれることから、貴志騨一成は部長を崇拝し、玖島楓恋に対してほのかな憧れを抱いていたのであった。
部活中でも、玖島楓恋の<脅威の胸囲>をどのような目で見ているのか、私は気付いていた。奴のスマホの画像フォルダは玖島楓恋の脅威の胸囲で埋め尽くされていることも、私は知っている。何故か? 私がまだクォ=ヨ=ムイとしての自我に目覚める前のことだが、私が昼休憩中に部室で居眠りをしていることに気付かずスマホの画像をノートPCに移し替えて念入りにチェックをしているところに出くわしてしまったことがあるのだ。
奴からはちょうどホワイトボードと机の陰になってて私の姿が見えなかったようだ。さすがに当時の私はまだウブだったから気まずくて声を掛けることもできず、チャイムが鳴って奴がいなくなるまで息を潜めていたことがあったのである。しかもその時に見た画像には、恐らく本人が画像加工ソフトを使って作ったのであろう、玖島楓恋がケモノのコスプレをしているものが多数あったりもした。
…そうだな。これは<ほのかな憧れ>などではないな。ほぼストーカーのレベルと言っていいか。しかし同時に、代田真登美に対する崇拝も、ほぼ新興宗教における教祖に対するそれに近いものもあるだろう。代田真登美に対する崇拝と、玖島楓恋に対する情念が今のこいつを形作ってると言っても過言ではあるまい。
それでいて、ケニャルデルに取り憑かれた養護教諭の
まあとにかく、そんな連中の様子を、私は石脇佑香の鏡の前に佇みながら眺めていたのだった。もちろん、人間には私の姿が見えないようにはしている。おかげで、急用ができたと家に帰った筈の肥土透がこそこそと部室に入っていく様子も目撃してしまったのだが。どうやら今回の校内キャンプへの参加は、夜間に部室に忍び込む為の口実だったのだな。
まあ、あの部室には盗まれて困るようなものも置いてない筈だ。他の部室や更衣室に忍び込んで盗みを働くようなら放っておくわけにもいかんが、思春期の男子が家族に隠れてするようなことなど大体決まってるだろうから、目くじらを立てる必要もあるまい。せいぜい明日、部室が多少イカ臭くなってる程度だろう。私以外の部員は気付きもせんだろうな。ただ、こっそり部室の合鍵を作っていたのであろうことは少々問題かも知れん。セキュリティがガバガバだ。
「ま~、肥土君ったら、ウプププププ」
それにしても、私の横で卑猥な笑みを浮かべている石脇佑香が何を想像してるのかもバレバレだな。知ってるぞ。お前、BL系の画像やら何やらをチェックしまくってるだろう。いくらデータ量が知れてるからと言って、溜め込みすぎだな。肉体を失って肉の悦びも失くしただろうに意味分からんぞ。別に害もないから口出しはせんが。
食事やキャンプファイヤーといったイベントも済み、いよいよ肝試し大会へと移っていく。
参加者は、校舎を巡りたい側とおどかしたい側に分かれ配置についた。大体いつも半々くらいに分かれるそうだ。ちなみに自然科学部の連中はおどかす側として校舎内にいる。オカルトを研究する者として人間の根源的な恐怖についての考察に役立てるのが目的だそうだが、単に楽しみたいだけというのはお見通しだ。
しかし、幸か不幸か、私と石脇佑香がいるこの廊下は単なる通路であり、ここで何かイベントが発生する予定は無い。
だが、いよいよ最初の組がスタートするという段階に来て、私は少しおかしな気配を感じ取っていた。最初はそれほど気にする必要もないかと思っていたのだが、徐々にその気配がはっきりしつつある感じがする。
私は若干それが気になり、石脇佑香に告げた。
「少しおかしな気配があるから、私はこれから見回りに行ってくる。恐らくさほど害もない虫のようなものがこの騒ぎに誘われて集まってるだけだと思うが、念の為だ」
そう言って階段の方へ歩き出した私に向かって、
「は~い、行ってらっしゃ~い」
と、緊張感の欠片もない陽気な声が掛けられたのだった。
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