初めての共同作業

「だめっ! 止まって!!」


古塩貴生ふるしおきせいにそう声を掛けた時には既に、月城こよみは力を使って古塩貴生を止めようとした。だが、届かなかったのだ。自分と古塩貴生との間にいたそれに阻まれて、力が届かなかったのである。


だから次に月城こよみは、そいつに直接攻撃を仕掛けた。目には見えなかったが空間を捩じってそいつにぶつけ、空間の裂け目で切り裂くか、それが駄目でも他の空間へと飛ばしてしまおうとしたのだ。だがそれも全く功を奏しなかった。


そこで月城こよみも、これは自分の手には負えないものだと感じたのだった。次にせめてもと思い肥土透ひどとおる黄三縞亜蓮きみじまあれんを連れて壁を破壊してこの場から逃れようとした。だがそれも、既に自分より強い力で空間を閉じられできなかった。そして仕方なく、自分達の周囲だけさらに空間を閉じたのだった。


他の、レスリング部部員は間に合わなかった。どうすることもできなかった。人間の数百倍の時間感覚で知覚することも可能な月城こよみの目には、空気の刃に切り刻まれていく来埋真治くるまいしんじらの姿がはっきりと見えてしまっていた。人間である黄三縞亜蓮にはそこまではっきりとは見えてなかったが、人間が突然、血煙になって消し飛ぶ光景を目の当たりにしてしまい、気を失ってしまう。


「月城! 何が起こってる!?」


肥土透の問い掛けに、月城こよみが応える。


「たぶん、きたる者…、ハリハ=ンシュフレフアって奴だと思う。たしか、宇宙を奔る忌風かぜとも言われてる。クォ=ヨ=ムイと同格の邪神よ…」


その言葉に、肥土透の顔が明らかに青褪めた。


「クォ=ヨ=ムイさんと同格って、それ、やばいだろ!? 俺達でどうにかなるのか!?」


紛れもない動揺と焦りが込められた言葉だった。それに月城こよみも同調する。


「無理。勝てる相手じゃない」


それが現実だった。だがそれに続けて、


「だけど、本当なら私が閉じた空間くらいすぐ破られてもおかしくない筈。だからこれはもしかすると本体じゃないかも知れない。ハリハ=ンシュフレフアの分身、<病風の落とし子(ハスハ=ヌェリクレシャハ)>かも…」


そう、ハリハ=ンシュフレフアは、本体が来る前に尖兵として自らの分身を送り込むことが多い。ただし、分身と言っても力の大きさが違うだけで基本的には同質の存在であり、下賤の奴らとは訳が違う。


「分身なら、何とかできるか?」


という肥土透の問い掛けは、無理難題というものだった。だから月城こよみも困ったように応えるしかできなかった。


「どうかな…分身でも今の私とじゃ格が違い過ぎるから……それに、あいつが古塩君に憑く前だったらまだ何とかなったかも知れないけど…」


ハスハ=ヌェリクレシャハの存在に引っ張られるように甦るクォ=ヨ=ムイとしての記憶の中から、ハリハ=ンシュフレフアやハスハ=ヌェリクレシャハがこの次元で安定した力を発揮する為にはこの次元の存在を依代にする必要があることを思い出していた。依代を得られなければ場合によっては存在を維持できずに消滅してしまうこともあるのだが、古塩貴生が自ら飛び込む形で依代になってしまったのである。


「なんだよそれ、古塩の奴、余計なことしやがって…」


肥土透が毒づくが、後の祭りだ。月城こよみはもう過ぎたことをとやかく言っても始まらないと、頭を切り替えていた。そして何か突破口が無いものかと思考を巡らす。そしてふと、ハスハ=ヌェリクレシャハが現れてからここまでずっとこの状態が続いてるだけなのに気が付き、そして思い出していた。


「そうだ、肥土君、こいつ…バカだった」


突然の言葉に、肥土透が「はい…?」と呆気にとられる。しかし月城こよみは大真面目に、肥土透を見詰めて言った。


「こいつ、力はすごいけど、同じことを続けるしかできないバカなんだよ。これだったら何とかなるかも」


そう言った月城こよみの目に、冷静さと力が戻っていた。真っ向から捻じ伏せることは自分には不可能だが、こいつをここから追い払う程度のことなら可能かもしれないことに気が付いたのだった。ただ、


「ただ、その為には古塩君を取り戻さないと。一緒に追っ払っちゃう訳にもいかないし」


と言った。またか。そのお人好しな性分は変わらんな。古塩貴生ごと放り出してしまえば手っ取り早いというのに。とは言え、それが月城こよみなのだから仕方ないのだが。そして肥土透も、そんな月城こよみと大差ない人間だった。


「そうか、じゃあ、その前に古塩をどうにかしなくちゃな。で、どうすればいい?」


そう問い掛ける肥土透に、月城こよみが躊躇うことなく応える。


「粉々にぶっ飛ばしちゃえば、後は巻き戻せばいいだけだからそれで何とかなる。ただ、今の私の攻撃だと、古塩君まで届かないんだよね」


そんな月城こよみの言葉に、肥土透が言った。


「なら、古塩のところまで行って粉々になるくらいに思いっ切りぶっ飛ばしてやればいけるか?」


その問い掛けには、


「え…? たぶんそれでいいと思うけど…」


と月城こよみが戸惑いがちに応えた。それを聞き、肥土透の顔が何かの決意を固めたように引き締まる。そして、


「月城、俺を巻き戻し続けてくれ。その間に何とかする」


と言う肥土透が何を考えているか月城こよみにもピンと来てしまい、声が漏れる。


「肥土君、無茶だよ!」


だが肥土透は、そんな月城こよみに向かって二カッと笑った。


「無茶は承知! って、一度言ってみたかったんだ」


ぐっと親指を突き出し、軽い感じで言ってみせた。しかしその覚悟が本物であることも伝わってきてしまった。もはや呆れるしかなかった。月城こよみが怒鳴る。


「もう、バカ! 死んだって知らないからね!」


それを見ても肥土透は笑ってみせた。


「大丈夫。死んだって月城が巻き戻してくれるだろ?」


それは確かにそうだった。何度死のうとどうなろうと、何度だって巻き戻してあげると思っていた。だからもう、他に言えることがなかった。


「あーもう! 分かったから、とっととあれをぶっ飛ばしてきて!!」


もはや人間の顔をしていない古塩を指さして月城こよみが怒鳴ると、肥土透はさらに嬉しそうに笑った。


「おうよ! 俺があいつをぶっ飛ばす!!」


とはいえ、それは言葉で言うほど簡単なことではない。目に見えない無数の刃が吹き荒れる、本来はこの次元ではありえない暴風の中を古塩の前まで行き、木っ端微塵に吹き飛ばすほどの一撃を加えないといけないのだ。奴も依代が欲しいのだから、一発で決めないとすぐに回復させられてしまうだろう。それではまたジリ貧になってしまう。単に生身の人間相手に普通にやるのなら、簡単なことなのだが。


月城こよみが閉ざした空間を肥土透が通り抜けることを許し、暴風の中へと躍り出た。その瞬間、無数の空気の刃が肥土透の体を容赦なく切り刻む。だがそれと同時に月城こよみが巻き戻すことで、辛うじてその形を保っていた。ギリギリのバランスだった。とは言えそれも長くは続けられない。月城こよみが巻き戻しに使えるエネルギーは無限ではない。また、肥土透自身の再生能力では、この刃の嵐には耐えきれない。基本的には高温で一気に焼き上げられることがエニュラビルヌの弱点ではあるが、細切れにされてはさすがに再生も追いつかないのだ。


だが、そんなことを意にも介さぬように、病風の落とし子(ハスハ=ヌェリクレシャハ)の依代と化した古塩貴生に向かって肥土透が吼えた。


「古塩! お前ホントいい加減にしろよな!!」


そして古塩貴生へと奔ったのであった。

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