見慣れた姿

自然科学部の部室を出て廊下を奔り、空き教室の中を確認して向かいの石脇佑香が焼き付けられた鏡の脇にある階段へと向かう。


だがその時、そちらに人の気配が。


「なんのっ!」


焦りながらも月城こよみは、階段ホールから出てきた男子生徒二人の意識を操作。認識阻害は無理でも、ほんの一瞬、意識を逸らす程度ならできた。それに合わせて意識から外れ、壁を蹴って階段ホールへと飛び込む。


そこからは『階段を上る』と言うよりもそれこそ壁を上って二階の廊下に出るところの天井付近にしがみつき、廊下の様子を窺った。そうしたのは、まさか天井近くから人間が顔を出すとは普通は考えないし、そんなところに意識を向けないからな。盲点と言うやつだ。


もっとも、既に気配を探った後で確認の為にも目視しようとしただけなので、別にそこまでしなくてもよかったんだがな。まあ、念の為ということだ。


それに。


「う~む…。なんかちょっと楽しくなってきたかも…」


と、月城こよみ自身、ノってきてしまったらしい。まったく。調子のいい奴だ。


でもまあ、気持ちは分からなくもないがな。


私も実は少し楽しんでたりするのだ。


さっきのでコツを掴んだらしく、廊下にいた数人の生徒の意識を逸らし、その隙にまた廊下を、と言うか天井近くの壁を奔り教室の中を確認しながら反対側の階段ホールまでを移動した。


しかしどうやらここも違ったようだ。


この校舎は四階まであるので、取り敢えずはあと二階か。


もっとも、指示にあった<ボス>というのがこの校舎内にいるとは限らんが。他の校舎ということもありうる。


むしろ、そちらの可能性の方が高そうだ。私達のこの姿を衆目に曝させたいのであれば、な。


だがもう無駄だ。意識を他に向けさせてしまえばいいことに気付いた月城こよみにはもはや通じん。


「まったく。どこの誰だか知らないけど、絶対、ぶん殴ってやるから」


と、口では勇ましいことを言うものの、こいつは性根が甘いからな。本気で殴ったりはせんだろう。そう言いたいだけだ。


最初よりは余裕も出てきて、そんなことを口にできるだけ頭も冷めてきたということだな。


だがとにかく今はミッションの完遂を目指そう。


三階にもボスらしきものは見当たらず、四階へと向かおうとしたその時、私達の視界に見慣れた姿……


って、違うぞ。<見慣れた姿>などではない。


「う~ん、ボスって何のことかなあ…」


なんて呟きながら平然と階段を上ってきたのは、ウサギの耳を生やした<驚異の胸囲>。


白い毛皮に包まれた玖島楓恋くじまかれんの姿なのだった。


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