生活
「……」
自分のことを<ママ>と呼ぶみほちゃんに、綾乃は、
『それは違う』
とは言わなかった。
「ミホ、アヤノは……」
と言いかけたエレーンに対して手をかざし、視線を向けて黙って首を横に振り、それを制す。
日本のアニメの大ファンで、その中でキャラクターがよく見せる仕草を学んできたエレーンには、綾乃が何を言いたいのかが察することができて、自分と同じように訂正しようとしたシェリーを抱き締めて、
「ミホは、アヤノのことをママと思い込むことで自分の心を守ろうとしてるの。だからそっとしておいてあげて」
と英語で話しかけた。
元々、英語しか話せなかったシェリーではみほちゃんと話はできなかったものの、
「……分かった……」
と納得し、協力してくれることになった。
その間、アリーネはやっぱり横たわったまま、腕で自分の顔を覆い、言葉さえ発しない。
完全に心が折られてしまったということなのだろう。
ただの獣相手に不様に悲鳴を上げ、小便まで漏らしたという、戦場でさえ味わったことのない屈辱に。
けれどとにかく、この四人で救助が来るまでは生き延びるしかないことは、自ら記憶を書き換えてしまったらしいみほちゃんを除いた四人の共通認識だった。
そんな彼女達を、黒い獣はただ見守るだけだ。
こうして、五人のサバイバル生活が始まった。
と言っても、必要なものは黒い獣が集めてきてくれるので、ある意味ではただのキャンプ生活のようなものでしかなかったかもしれないが。
それでも、その中でみほちゃんも不満を言うこともなく、しかも自分から率先して食事の用意や後片付けを手伝ってくれた。
「ママ、きょうのごはんもおいしかったね」
ただのレトルト食品を、瓦礫で組んだカマドとホームセンター跡から黒い獣が拾ってきた鍋で沸かした湯を使って温めただけのものだったにも拘わらず、みほちゃんは笑顔でそう言ってくれる。
彼女にとっては、ずっと以前からこういう生活を続けてて、これが当たり前ということになってるのかもしれない。
それが逆に辛かったものの、綾乃はその気持ちを表に出すことなく、
「そう、よかったね♡」
と笑顔を見せた。
そんな生活を続けているうちに、三日目くらいにようやく自分から起き上がって自分のことをし始めたアリーネが、どこかから拾ってきたキャンプ用のテントを使って<自分の個室>を作り、綾乃達とはあまり関わらないようにしながら一人で生活を始めた。
不様な今の自分の姿を見られたくなかったらしい。
そういう様子も、黒い獣はただ黙って見守っていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます