無自覚な救世主
あの
それがどのような結果を生むかは、そうなってみないと分からない。また同じ道を歩むかも知れんし、別の道を歩むかも知れん。しかしそれは人間自身が決めることだ。ただし、同じ道を歩めばまた同じ結末が待ってるだけだがな。
ああそれと、月城こよみらが
こいつらにまで勝手に動かれたのでは手間が増えるだけだからな。実際、赤島出姫織があそこまで無謀なことをするようじゃ、月城こよみが黙ってる筈もない。余計なお節介をして事態をさらにややこしくしただろう。今回の件は、赤島出姫織一人の経験とした方が良いのだ。
月城こよみらは、既に身の程をわきまえてる。わきまえているから自分から勝手なことはしないが、誰かが危険なことをしようとしているなら放っておけない性分なのも事実だ。しかしそれは、時として無用の手出しになる。薄情かも知れないが、敢えて手出しはさせないことも必要なのだ。
人間の感覚では厳しすぎるとも感じるだろう。しかし深淵を覗き込むのならこの程度の覚悟は必須なのである。死ぬより恐ろしい目に遭う覚悟もなくてそんなものを覗き込もうとか、愚かにも程がある。身の程もわきまえん赤島出姫織には必要な経験だったということだ。
とは言え、ケアは必要だからな。放置して変な風に歪まれてさらに厄介事を招かれてはつまらん。だから一緒に風呂に入ったり、淫魔共の行為を上書きする為に体を合わせたのもサービスだ。
「……♡」
が、それが少々効きすぎたのか、私を見る赤島出姫織の目がちとおかしなことになっては来ていた。濡れたように艶っぽいそれで見詰めてくるのだ。想定の範囲内ではあるが、やれやれだ。
その所為か、最近、山下沙奈の様子にも若干の変化が現れた。
「……」
赤島出姫織が私のことを熱っぽく見ていると、決して露骨ではないが少し不満そうな顔を見せるようにもなったのだった。一緒に風呂に入る時にも同じ顔をする。
嫉妬だな。赤島出姫織に嫉妬しているのだ。無理もない。こいつも本当は私ともっと触れ合いたいと思っているのだから。ただどうしても、長年にわたって刻み込まれたトラウマは、一時の悪夢のような経験で済んだ赤島出姫織のそれより根が深く、精神の奥深く、人間がよく使う表現を使うなら<魂>にまで刻み込まれたものだと言えた。
<魂>などという言葉を使うようになったのも私が俗っぽくなった証拠かも知れん。そんなものは存在せんのだがな。
ただ、魂は存在せんが、人間の記憶も情報も宇宙そのものの記憶として刻み込まれるというのはある。そこにアクセスすることができれば人間が前世だのというものの記憶を取り出すことも可能なのだ。時折、何の因果か瑕疵なのか、それにアクセスしてしまう例もある。だから人間は魂などというものの存在を仮定してしまったのかも知れん。
いや、それを<魂>と称するのなら、なるほど魂なのかも知れんが。
そんなことを考えている私の前で、こいつらはクリスマス気分とやらを楽しんでいた。ここでパーティーをもするつもりらしい。赤島出姫織と話をしていた私のことを見ていた山下沙奈が少し寂しそうな顔をしているように見えて、私は、
「そんな顔をするな。ここに座れ。お前はお前だ。他人と比べる必要はない」
と、私の隣の椅子に座るよう促し、それに従った山下沙奈の頭を撫でてやった。すると私の体にもたれかかるように体を預けてきて甘える仕草を見せた。これくらいならもう大丈夫なのだ。
「……」
その様子を、赤島出姫織は落ち着いた様子で見ていた。そうだ。こいつはこいつで、精神の安定の為に私のケアを必要とはしているが、それは必ずしも恋愛感情とかいうものではなかった。私に縋りつつも、私を独占しようとか思ってるのではない。邪神である私に対する反発は今なお残っており、それが完全に私に依存することを回避させていた。
いわば、山下沙奈は私自身を必要としているが、赤島出姫織が必要としているのは私が行う<ケア>であるということか。そう、赤島出姫織にとっては、同じことができるなら別に私でなくて良いのだ。この辺りが山下沙奈とは根本的に違っているということだ。
「じゃあ、また明日ね~♡」
「……」
「こんばんわ」
代わりに
「んじゃ、おやすみ」
それも終わって、千歳が手をひらひらさせながら妹を連れて自室に戻り、
「おやすみなさい」
と碧空寺由紀嘉も自分の部屋に戻って私と山下沙奈だけになると、二人で宿題をする。さらにそれが終わって山下沙奈が風呂に入っている間に、
「こんばんわ。お願いできる?」
再び赤島出姫織が現れた。こいつの自宅の部屋にこいつにしか見えない扉を作り、私の家にもそれ用の扉を作って繋いでやったのだ。私のケアを受ける為に。
「……」
山下沙奈が風呂から上がった後で二人で入る時、やはり山下沙奈がヤキモチを妬く素振りを見せたが、こればかりは仕方ない。
赤島出姫織と風呂で互いの体を洗い合い、肌を重ねた。あの時の苦痛はもうかなり和らいだように見える。このケアももう近々終われるだろう。そうすれば山下沙奈もヤキモチを妬かずに済む。
そもそも赤島出姫織はまだ中学生なのだ。本来ならこんなことをしている場合ではない。
などと、結果としてこうなるように仕向けた私自身のことは棚に上げてそんなことを考えたりもした。ちなみに碧空寺由紀嘉は特にヤキモチを妬くようなことはない。あいつにとって私はあくまで信仰の対象であって恋愛感情のようなものの対象ではないということなのだろう。
「ありがと…これで寝られる……」
そう言いながら赤島出姫織も帰り、ようやく本当に二人きりになって、クリスマスツリーのイルミネーションを前に、山下沙奈はまた甘える仕草を見せてきた。
その様子を
『うしししし♡』
などと卑猥な笑みを浮かべながらカメラで覗いていたので、髪を数本、針にして飛ばしてやってカメラを破壊した。
『う~ん、いけずぅ~!』
と不満をメッセージとして送ってきたがスルーしてやる。どうせ奴も本気ではないのだ。ただ冷やかしたいだけである。
「ようやく落ち着いたな」
「はい……」
私が見詰めると、濡れた感じの艶っぽい瞳で山下沙奈が見詰め返してきた。
こいつがヤキモチを妬くようになったというのは、実は決して悪いことではない。こいつはちゃんと自分の気持ちを認められるようになってきたのだ。
以前は他人の顔色ばかりを窺いヤキモチを妬く余裕すらなかった。自分が諦めれば済むと逃げてしまうだけだったのが安易に諦めないようになってきたというのは、それだけ自我が確立されてきたということでもあるだろう。
正直、私自身も山下沙奈のことが一番可愛いと思っている。それが、特異点たるこいつの影響によるものだとしても関係ない。所詮はほんの一時のことだ。楽しめるものは楽しめばいい。
ただの人間として生きていた時には散々、そういうこともしてきた。愛憎劇でどろどろになったこともある。そういうのも今から思えば結構楽しかった。だから今も楽しむのだ。
こういうことが楽しめるようになったというのは、私としてもありがたい。
なにしろ、ショ=クォ=ヨ=ムイの<仕掛け>も、私に期待させておいて肩透かしを食わせるという実に
私をあまり退屈がらせるとそれこそ地球を滅ぼしかねんから、こいつは、山下沙奈はある意味、世界を救ったとも言えるのだ。
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