Self
私は、自分で言うのもなんだけど美少女だと思う。そして私の目は、邪を見通し打ち破る力を持っていた。
って、そこ! 笑わない! これはガチなんだからな。
まあ私は、小さい頃から何となく自分は他の人とはちょっと違うって感じてて、普通の人が見えないものが見えて、できないことができるっていうのがあった。小さくちぎった紙ぐらいなら浮かせられたし、霊みたいのが見える時にはそれを追っ払ってラップ音出したりとかなんてのは当たり前のようにできた。だからちょっと自分でもそれを楽しんでて、小学校の四年生くらいの頃は霊能力者ごっこなんてのもよくやってた。友達も面白がってくれた。
だけど、それだけだった。ちょっと重いものになったら全然だし、霊感あるって子には霊が見えてても他の子には見えてないから結局は偶然とかたまたまってことでだんだん飽きられて、中学上がる頃には逆に<残念な美人>っていう評価が定着して、霊とか信じる子しか私の周りにはいなくなった。
それだけじゃない。中には『手品だ』とか『トリックだ』とか言って、露骨に攻撃してくるのもいた。机に落書きされたりゴミを入れられたりって感じの、たぶん、イジメに近いこともあったと思う。幸い、私はそういうのに鈍感と言うか耐性があると言うか、あんまり気にしない方だったから深刻にはならずに済んだ。
それでももちろん気分は良くなかったこともあってますます拗らせて、今では<破邪眼の美少女>ってキャッチコピーを自称して、<自然科学部>の次期部長候補として期待される存在になってた。
<自然科学部>っていうのは、私が通う中学のクラブで、表向きは化学、地学、気象学をメインにいろんな自然現象とかを研究するっていう名目ながら、その実態と言えば、心霊やUMAといった超自然的な現象を題材に小説や漫画を創作したり、秘められた自分の能力の開発や鍛錬を行うという、要するに中二病真っ盛りな連中の巣窟だった。
そこで次期部長候補っていうことは、まあそういうことだね。その連中の中でも私が一番キャラが立ってるってことかな。
そんな感じで、何だかんだ言って今が楽しくて拗らせまくってはいるけど、実はそれと同時に、最近は私自身も今のままでいいのかなとか思ってたりはするんだ。他の子はまだまだこれから本格的に拗らせていくところだとしても、世間からしたら妄想をただ膨らませて現実が見えなくなってるっていうだけの子達と違って私の力は本物だから、限界もはっきり見えてきてるってのがあったりする。
ずっと練習してきたけど、いまだに小さくちぎった紙以上のものは浮かせられないし、霊を追っ払えると言ってもそれが普通の人に見えるわけでもないし、これ以上の展開は望めないっていう意味で。だから、実際に部長を引き受ける頃には惰性で続けてるだけになりそうな予感も無いわけじゃなかった。
そういうちょっともやもやしたものも抱えながらも、それでもまあ楽しい時間を満喫して、私は帰宅の途に就いた。
けれど、家の近くまで帰ってきた時、何となく騒々しい感じがした。いや、『何となく』じゃないな。はっきりと『大変な騒ぎ』って言っていいと思う。何しろ、近所のアパートの前でパトカーが何台も止まっていて、警官がアパートの部屋を覗き込んでて、野次馬が集まっていたから。
ざわざわとした空気感がその場を包み込んでるのが分かる。もっとも、その大半がただの好奇心だったけど。あとは少しばかりの不安かな。憐憫や同情という感情はもっと少ない。人間という生き物の本性が垣間見えるって感じか。
「何か、あったんですか?」
何をくだらないことしてるんだろうとか思いつつ、野次馬の中に顔見知りの近所のおばさんがいたので、声を掛けてみる。
「あ、こよみちゃん。今帰り? おかえり。それがね、私もよく分からないんだけど、あのアパートの人が全員行方不明らしいのよ」
おばさんが答える。でも、私はいまいちピンと来なかった。単に、皆出かけてるだけじゃないのかと思った。なのにそんな私の思考を否定するかのようにおばさんが言った。
「あそこのアパート、お年寄りが多くて、大体いつも家にいるはずなんだけど、それが誰もいないって。それどころか誰とも連絡取れないって。しかもここ何日か。一部屋だけ、小さな子がいる若い夫婦も住んでたんだけど、その人らも帰ってないらしいの。どの部屋も財布も携帯も残ってるし、靴もそのままみたい。不思議よね~」
その言い方も、明らかに心配してるとかじゃなかった。むしろドラマティックな展開を期待してやや興奮してるって感じすらあったと思う。実にゲスい感覚だ。
「ふ~ん」と私は冷淡に答えた。それ以上は興味もわいてこなかった。だからもっとおしゃべりがしたそうにしてるおばさんを振り払ってそのまま家に帰った。
うちは、この辺りじゃ決して小さい方じゃないと思う。鉄筋三階建て。敷地面積二百平方メートル。小さいけど庭があって、そこには私が小さかった頃によく遊んでた子供用のブランコが今も残されてる。もっとも、すっかりくたびれて薄汚れてしまったけど。
鉄製の門を開けて玄関前のアプローチを通り、いつものように自分で鍵を開ける。防犯の為に、鍵は常に掛けてる。中にいてもね。
「ただいま~」と声を掛けた。でも返事はなかった。いつもならパートから帰って来たお母さんが夕食の用意をしてるはずだったのに、家の中は明かりも点いてないし、誰かがいる気配もなかった。ただ、玄関にはお母さんの靴も、近所に出る時に履いていくサンダルもそのままだったから、家には居るはずなんだけどとは思った。
気のせいかもしれないけど、家の中の空気が硬い気がした。
硬い…そう、『硬い』って感じだ。しばらくかき回されることがなくて固まってしまったみたいな印象。私が動くことでそれがほぐされていくみたいな。
けれど、やっぱり私はそれ以上気にしなかった。気にならなかった。
そろそろ夕暮れで家の中はそれなりに薄暗くなってきてたけどそれも気にならなかったから灯りも点けなかった。ただ腹は減ってきてたから何か食べるものはないかと思って冷蔵庫を開けてみた。そうしたら、中の棚が全部外されたそこには、何の肉かは分からないけど大きな肉の塊が入っていた。他には何もなかった。冷凍庫も野菜室も開けてみたけど、やっぱりそこにあったのは同じような肉の塊だった。何だこれ?
知らない。覚えがない。お母さんが買ったのかな? それにしたってこんな大きな肉の塊ばかりどうするつもりだろ?
わけが分からない。
仕方ないから私は流しの上にそのまま置かれてた包丁を手に取り、冷蔵室にあった肉を適当にざっくりと切り取って、フライパンに乗せてステーキにしてみた。まあまあ美味しかった。だけどそれだけじゃ物足りなくて、もう一切れ取ってみた。
同じようにステーキにしようとも思ったが、
「なんか…メンドクサイ……」
って思ったから生のまま食べた。クチャ、ペチャって口の中で肉がほどけて溶けていくのが分かった。十分に血抜きはしてるらしくてそれは物足りないかなとも感じつつも、焼くよりはこっちの方が美味いと思った。
それでも物足りなくて、私はまた肉の塊に手を伸ばしてた。
包丁を使うのも面倒臭くて、『もういいや…』って床に放り出して、手で引き千切ってそのまま食べた。
クチャ、クチャ、ペチャ、っていう湿った音が静かなキッチンに響くのが分かった。それを耳にしながらさらに肉を千切って口に運んだ。
結局、肉の塊の半分くらいを食べたところでようやく人心地ついた気がした。そこでやっと私は思った。
「何の肉だろう…?」
無意識のうちに声に出てた。
牛肉? 豚肉? まあ何でもいいや……
あとはとにかく風呂に入ってさっぱりしよう。
服も下着もリビングに脱ぎ捨てて、風呂場に向かう。かなり暗くなってたけど気にならなかったからやっぱり灯りは点けなかった。バスタブに水は張られてたけど、沸かすのも面倒臭い。そのままシャワーを浴びて体を流して、水に浸かる。「んあ~」と、中年のオッサンのような声が出て、一日の疲れが流れ出る感じがした。
十分くらいそうして風呂から出て、でも体を拭くのも面倒臭くてそのままソファーで寛ぐ。ソファーが濡れたけど別に気にならなかった。
ぼんやりと寛いでいると、なんとなく何かが臭ってきた。どこかで嗅いだことがある気もしたけど、別にどうでもよかった。しかもそれは、何かがあって臭ってるというよりは、残り香のようなものだとなぜか分かった。気にしなくてもそのうち消える。根拠もないのに何故かそれだけは確信できた。
そして私は、裸のままで、クッションを枕にして、ソファーに横になった。髪が濡れたままだからクッションもびしょ濡れになるけど構わない。その一方で、背もたれに片方の足を掛けて、股間まで風通しを良くしたら湿気が程よく抜けて気持ちよかった。
家の中はとにかく静かだった。母はいない。時間が過ぎて夜が更けても父も帰ってこない。でも何も気にならなかった。真っ暗なリビングの中で、かすかに何かが点滅してるのを感じた。見れば留守番電話に録音があることを示すライトだった。
とその時、ヴーッヴーッとこもった音が部屋に響いた。充電器に刺された父の携帯のバイブだった。しばらくそのバイブの音が響いてたが、私にとってはどうでもいいから放っておいた。やがてそれが止まったと思ったら、そのすぐ後で今度は家の電話が鳴った。何度かコールして、留守番電話に切り替わった。
「もしもし、月城課長? どうなさったんですか? 携帯も繋がらないし。とにかく一度連絡ください」
スピーカーから若い男の声が聞こえてきて、それがメッセージとして録音されたのが分かった。でも興味はなかった。ただ、
「人間とはつまらないことに拘る、本当に愚かな生き物だな…」
と、独り言が勝手に口から洩れた。
そしてその夜、私は、裸のまま、ソファーで寝たのだった。
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